異端の百貨店リーダーを生んだ書籍とは J・フロントリテイリング会長 奥田務氏

J.フロントリテイリング 奥田務会長
J・フロントリテイリングの母体の1つである大丸には「先義後利」(せんぎこうり)という社是がある。荀子の言葉で「義を先にして利を後にするものは栄える」の意味だ。利が利益であることはわかるが、義はどのようなことを言おうとしているのだろうか。
奥田はこう読み解く。「お客様に今、一番必要なことをすること。それは時代に取り残されない企業の変革に通じる」。今から約30年前、米国滞在中に間近で見た百貨店の凋落(ちょうらく)の姿が変革を怠った末路だと認識しているからだ。この強烈な原体験と同時並行だった留学経験が、奥田の基本動作を決めていくことになる。
本ばかり読んでいる「かわったやつ」
だから「一生の中で一番、勉強した時期はいつか」と聞くと、大学受験に2度失敗した時期を挙げずに躊躇(ちゅうちょ)なく、「米国時代」と答える。米国行きの切符は新人として配属された大丸京都店時代に手に入れた。仕事が退屈で、経営書などを読んでいることが大丸本社に伝わったことが留学のきっかけだった。「京都店で本ばかり読んでいる変わったやつがいる」と評判になっていたという。当時、ドラッカーの「現代の経営(上・下)」(ダイヤモンド社・1965年)が出て、日本でマネジメントブームが起きていた。奥田もむさぼるようにして読んだ。「今、読み直すとあのころは読み込みが足りなかった」と振り返るが、数値目標を掲げる経営スタイルは新鮮に映った。
初めての海外生活。1974年。奥田は30代前半になっていた。場所はニューヨーク。右も左もわからない時に留学先のニューヨーク州立大学の教授から1冊の本を読むことを勧められた。「The Catcher in the Rye」(ライ麦畑でつかまえて)。「現在のアメリカの若者たちを知るには最適だから」というのが理由だった。若者が持つ疎外感を風刺を込めた筆致で描いた世界的なベストセラーだ。
留学時代の2冊、今でも書斎に

奥田氏の蔵書。アメリカ留学時代に出合った「RETAILING MANAGEMENT」と「THE MANAGEMENT OF RETAIL BUYING」は今も手元にある
大学ではマーケティングを学ぶ「F.I.T」(ファッション・インスティテュート・オブ・テクノロジー)に所属し、科学的手法による顧客分析をたたき込まれた。その時に出合った本が「RETAILING MANAGEMENT」と「THE MANAGEMENT OF RETAIL BUYING」だ。2冊に共通しているのは「どのような顧客に」「どのような商品を」「どのようなサービスで」「どのような販売広告」で売ればよいかについて豊富なケーススタディーをもとに書かれているところだ。この2冊は自宅の書斎でいつでも手にとって読めるところに置いてある。
奥田は担当教授から大学に残るようにアドバイスされるほど優秀な成績だったという。大学での勉強を終え、次に米大手百貨店ブルーミングデールで仕入れと販売の研修を受けた。そこで衝撃を受けたのは、大学で学んだ科学的手法が実業の世界で普通に取り入れられていることだった。理論と実業がきわめて近い関係にあることを知り、百貨店人生にのめり込むことになる。
約2年の留学から帰国した奥田は大丸の役員たちの前で留学の報告をする機会を与えられた。ところが、いくら説明しても役員たちは口をポカンと開けたまま。ついには「これはアメリカのことやろ。こんなこと日本ではできへん。日本はちゃう(違う)で」と言われる始末。日米の百貨店経営の差を味わうが、科学的な手法で経営していた米百貨店ですら、再編淘汰の大きな波にのみ込まれることに大きな危機感を持っていた。破壊的イノベーターが既存勢力を吹き飛ばしてしまうことを書いた「イノベーションのジレンマ」の初版が出る約20年前のことだ。