洗濯用のり改良、7度目の正直 店頭で感じる達成感
花王 長谷部佳宏社長(上)

工学系の大学院を修了し、29歳で花王に入社しました。和歌山県の研究所で素材の基礎研究を担当していた3年目のとき、部下を持つことになりました。
花王の研究所で重視されるのは入社年次より研究歴です。徹底的に考え抜くタイプと、黙々と実験を繰り返すタイプ。年下の先輩2人とチームを組みました。
3人は洗濯用のり剤「キーピング」の改良を任されました。吸着力を倍にして硬く仕上げつつ、洗濯で落ちやすい性質を保つというミッションです。当時、実際に付着するのは成分の3割だけで、残りの7割は無駄になっていました。この無駄を取り除くため、繊維に吸着しやすい粒子を集める方法を考えました。

和歌山研究所で入社3年目から部下を持った(長谷部氏は左端)
改良作業は難航しました。実験にはスケールアップと呼ばれる、大量生産するために大型の釜で再現できるか試す工程があります。通常は1~2回で成功するのですが、私のチームは4回連続で失敗したのです。「乳化重合」というプロセスが難しく、小さなフラスコで成功しても、10トンの釜にスケールアップすると均一になりませんでした。
4回失敗したあと、当時の工場長に報告に行きました。1~2回で成功するのが当たり前ですから、叱られるのは覚悟の上です。
案の定、工場長はこちらをなかなか見てくれません。しかし、予想を裏切る言葉が聞こえてきました。「あと何回やりたいんだ」。あわてて「あと3回」と答えると、「分かった」とチャンスをくれました。
スケールアップには1回20万円かかるので、3回で60万円です。何が何でも成功させなければと決意を固めました。
再チャレンジしたものの、2回続けて失敗します。後がなくなった3回目で成功できたのは、何かの巡り合わせかもしれません。
スケールアップでは現場の設備を使います。その間は生産が止まるため、「機械を実験台に使うな」と厳しい声も聞きました。それでもチャンスをくれた工場長の懐の深さを感じました。成功したことを報告すると「ありがとう」と言われました。入社してから最初の、自分を育ててくれた仕事でした。
日用品メーカーの醍醐味は、自分が関わった商品が店頭に並ぶことです。お客さんが実際にキーピングを手に取る場面を見たときは、なぜか体が震えました。何度失敗しても、諦めずにやってよかったと強く思いました。
あのころ……
1986年に男女雇用機会均等法が施行され、男性は仕事、女性は家事という役割分担が変わり始めた。共働き世帯の増加で、家事負担を軽減できる日用品が求められた。花王は94年に床掃除に使う「クイックルワイパー」を発売するなど、新たな生活様式への対応を進めた。