コーチングは部下の成熟度をつかんでから使え!
生産性を高めるコミュニケーション術(4)

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人事コンサルティングで数多くの実績を上げた人事のプロ、新井健一氏の著書『いらない課長、すごい課長』(日経プレミアシリーズ)から、プロ課長のコミュニケーション術を紹介するシリーズ。4回目はコーチングがうまくいかないとき、気をつけるべきことは何かを解説する。
◆◆コーチングが役に立たない時部下は仕事をよく知っているか
実際、人材育成で苦労したり、年上の部下を持ってやりづらかったりしたことのある課長であれば、なんでもかんでもコーチングではうまくいかないと内心感じているはずだ。ここでは、その違和感を裏付けるSL理論について解説する。
SL理論とは、部下の成熟度により有効なリーダーシップのスタイルが異なるとするもので、P・ハーシイとK・H・ブランチャードにより提唱された。なお、SLはSituational Leadershipの頭文字を取って名付けられたものである。
ここで部下の成熟度とは、仕事に必要な能力と仕事に対する意欲により判定され、大きく4つに分けられる(図1)。
・能力は低いが、意欲の高いレベル(M2)
・能力は高いが、意欲の低いレベル(M3)
・能力も意欲も高いレベル(M4)
そしてリーダーシップのスタイルは、縦軸に指示的行動を横軸に協労的行動を取る。
指示的行動とは、仕事を重視し、指示や命令を出す行動であり、協労的行動とは、集団の人間関係を重視し、対話する行動のことである。そしてM1~4と2軸の行動との対応において、リーダーシップのスタイルは4つ示される。

図1
ここでは、それぞれのスタイルで行動する際に、活用すべきコミュニケーション技法についても触れておく。
指示的リーダーシップ(M1の成熟度に対応)
完全なリーダー主導型である。リーダーはすべてを決定し、部下には細かく指示・命令する。
なお、このスタイルで活用すべきコミュニケーション技法の多くはティーチングであるといえよう。ちなみにティーチングとは、上司が部下に仕事のやり方や進め方を具体的に指示する技法である。
説得的リーダーシップ(M2の成熟度に対応)
不完全なリーダー主導型である。計画・分担などの決定はリーダーが行い、部下が納得できるように説明する。
この段階で、まだ仕事に必要な能力は低いものの意欲的に取り組みだしていたら、ティーチングとコーチングを併用すると効果的であろう。なお、この段階で上司がティーチングばかり用いると部下の仕事の進め方は指示待ち、受け身になってしまう。
参加的リーダーシップ(M3の成熟度に対応)
不完全な部下主導型である。計画・分担・方法などは、リーダーのサポートを受けながら部下が決定する。
成熟度が増して、仕事に対する意欲は低いものの能力が高まってきたら、カウンセリングとコーチングの技法を併用すると効果的であろう。
ちなみに、成熟度が増すとなぜ一時的に意欲が減退するのだろうか。それはこのように説明されている。
「リーダーは部下が成熟するにつれて、仕事に責任を持たせようとするが、部下はまだ自らの経験不足に不安を感じるため、意欲が減退する」
そのような不安を解消し、前向きさを取り戻すためにカウンセリングの技法は一役買うはずだ。
委任的リーダーシップ(M4の成熟度に対応)
完全な部下主導型である。リーダーは部下に権限を委譲し、自由に行動させる。
成熟度がこのレベルまで高まった部下(年上の部下ということもある)に対しては、指示的行動と協労的行動の両方を低くすることが求められる。
そして特に、コーチングの技法などを用いる際は注意を要する。このレベルまで成熟した部下に対し、相手の求めもなしにコーチングの技法を用いると相手が不快に感じる場合があるからだ。なんの契約もなく、相手の求めもなく、対等に接すべき相手に対してコーチングの技法を用いるのは失礼にあたる。相手もコーチングという技法の存在を知っていれば尚更だ。
これからの課長に求められるスキルとして、「技術的なコミュニケーション」は必須だといえる。そしてコミュニケーション技法の引き出しは多いほうがよい。聴くということの難しさに触れてみることもお勧めする。
だが技法に拘泥して、相手への敬意や本質を見失ったコミュニケーションが展開される光景を筆者は何度か見てきた。筆者も、ほぼ初対面と言ってよく、対等な関係であるはずの人物から、いきなりコーチングの技法で会話を進められて、非常に不愉快な気持ちになったことがあった。
いずれのコミュニケーション技法も、相互の関係性をきちんと構築してから活用するべきなのである。
[新井健一「いらない課長、すごい課長」(日経プレミアシリーズ)から転載]

経営コンサルタント、アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役。
1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー、アーサーアンダーセン(現KPMG)、同ビジネススクール責任者、医療・IT系ベンチャー企業役員を経て独立。大企業向けの人事コンサルティングから起業支援までコンサルティング・セミナーを展開。