どんな状況でも楽しめ! イタリア流の生き方に学ぶ
宮嶋勲著「最後はなぜかうまくいくイタリア人」


宮嶋勲さん
著者の宮嶋さんは1959年京都生まれ。東京大学経済学部を卒業し、83年から89年までローマの新聞社に勤務した経験を持つイタリア通です。1年の3分の1はイタリアで過ごしながら執筆活動にいそしみ、ワインと食について多くの著作があります。
In vino veritas =ワインに真実がある
「イタリア」と聞いて思い起こすのは、プラダやグッチなどに代表される世界的なファッションブランドでしょうか。そんなイタリア人らがコミュニケーションの中で、最も重要視するのは実は「食事」です。
食卓でフィーリングが合う相手とは、根源的なところで響き合っているので、ビジネスもきっとうまくいくだろうし、男女の場合なら結婚してもうまくいく可能性が高い。一方どこかしっくりこない相手とは、「肌が合わない」可能性が強いので、職業的にも、プライベートでもあまり好ましい発展はないだろう。
(180ページ 第4章「食事―食卓でのふるまいは、商談以上に難しい」より)
ラテン語に「ワインに真実がある」ということわざがあるように、「食卓は人を裸にする」と著者は指摘します。確かに熟成した香りが漂うワインを片手に、トマトとモッツアレラの冷菜なんかをつまんでおしゃべりしていれば、ついつい気が緩んでしまうかもしれません。
イタリア人にとって食事の場とは、自分をアピールして、仕事や恋でチャンスをつかむ絶好の機会です。黙って食事をしているだけの人間は、軽蔑されてしまいます。家族の食卓でも、日常的にその日あったことや考えたことを話し合います。子供のころから「食卓のふるまい」を練習させられるのです。「孤食」という言葉がはやった日本とは、どうやらかなり事情が違いそうです。食卓の捉え方だけではなく、時間に対する考え方も違います。
寄り道は、人生を楽しむ秘訣
その結果私たちは、目的遂行能力は高いが、その過程を楽しむことができない、というよりも、それを楽しむことに罪の意識を持つようになってしまったような気がする。
(88ページ 第2章「人生―好きなことだけ楽しみ、嫌いなことは先延ばす」より)
日本を訪れた外国人の多くは、電車をはじめ日本人の時間の正確さに驚くようです。言い換えれば、それは「寄り道がない」人生ともいえるのではないでしょうか。対して、イタリア人は人生における「寄り道」を大切にしています。「いま」に100%集中して生きているので、新しい関心ごとが出てくると、今度はそちらに100%集中してしまうのです。寄り道の結果、時間に遅れることがあっても、周りも同様に遅れていることが多いので、結局は遅刻したことにすらなりません。
イタリア人に学ぶ、「センス」の磨き方
「5分前集合」「寄り道はしない」――。学校ではいつもこう言われてきました。優等生であればあるほど、きちんと指示には従ってきたはずです。道ばたに興味をそそるものがあったとしても、「見ないふり」をするしかなかった人もいたことでしょう。「やりたいことを持っていない」「すぐ仕事を辞めてしまう」などと、とかく年配者にとがめられがちな若者ですが、そんなときは「今からだって、寄り道をしてもいいじゃないか」と割り切って考えてみてもいいかもしれません。
実際、仕事もなく、将来の展望も開けない若者でも、なんとなく呑気(のんき)で楽しそうに見える。
(102ページ 第2章「人生―好きなことだけ楽しみ、嫌いなことは先延ばす」)
「理想にこだわって、高望みをして、結局は人生を楽しめず、不満ばかりが溜(た)まっていくよりは、小さなことに満足して、すこしでも人生を楽しむようにしたほうがいいに決まっている」と著者も指摘します。時に、頑張りすぎて、先行きの見えない未来への不安や悩みに押しつぶされそうになってしまったら、こうしたイタリア人の「直観に従う」生き方を思い出して、息を抜いてみてもいいのかもしれません。
イタリア人ならではの一流のセンスは、自らの直観に素直になり、感性を磨くことで得られた賜物(たまもの)にほかならない――と納得できるはずの一冊です。
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著者の宮嶋勲さんは2014年、イタリア文化への貢献により大統領から「イタリアの星勲章・コンメンダトーレ章」を受章したほどのイタリアの専門家。以前、イタリア料理についての本を執筆していただいた際、そこに描かれたイタリア人の立ち居振る舞いがとても面白く、「彼らの仕事観や人生観、恋愛観を描いた一冊をぜひ読んでみたいです」と企画をご相談したのがきっかけで本書は生まれました。
「実用性より"美しさ"で決める」「どんなに悲惨な状況でも、しぶとく楽しみを見つける」「嫌なことは後回しでもよいことにする」など、彼らの愛すべき生き方が描かれ、編集中は「私もイタリア人に生まれたかった」と思うことしきり。
本書に描かれたイタリア人の行動様式はみな、著者が「痛い目に遭い続けながら学んだもの」とのこと。もちろん著者も書いているように、日本とイタリア、どちらのやり方がよいというものでは決してありません。しかし、とかく効率性や完璧さを求めがちな私たちの生き方や働き方を捉え直すための一つのヒントになるのではないでしょうか。
(雨宮百子)