経済学の父、アダム・スミスと考える「幸せ」の処方箋
ラス・ロバーツ著「スミス先生の道徳の授業」


ラス・ロバーツさん
著者のラス・ロバーツさんは経済学者で、米スタンフォード大学フーバー研究所のリサーチフェローです。音声などの配信サービス、ポッドキャストで「Econ Talk」を主宰して、週1回更新しています。動画共有サイトのユーチューブで700万回以上再生された、経済学者のケインズとハイエクがラップで論争する動画の共同制作者でもあります。
人間の欲望は、尽きることがない
「アダム・スミス」と聞いて、多くの人が思い出すのは分厚くて難しそうな「国富論」、そして「経済学の父」といったところでしょうか。大学の授業で、参考書籍として挙げられたものの、いざ読んでみると何が書いてあるのか全く分からなかった。そんな経験をした人も少なからずいることかと思います。ましてや、「道徳感情論」という著作は、知っている人のほうが少ないかもしれません。経済学者である著者ですら同じでした。「『道徳感情論』のことはほとんど知らなかったし、同僚が口にしたのも聞いたことがない。タイトルからして読む気が失(う)せるような代物である」とまで言っています。
そんな著者が仕事で読み始めたところ、一気にのめりこんでしまった理由は、「道徳感情論」が実は「人間の動機についての観察ノート」であることに気づいてしまったからです。例えば、経済学の大家でもあるスミス先生は「富や名声は幸福にはつながらないのだ」と強く主張しています。
会うたびに「ストレスが多い」「自分の時間が全くない」とこぼす友人が、周りにいませんか。彼らは給料が上がって、広い家に住み、高級車を乗り回すようになっても、満足はできないかもしれません。あるいは、あなたは「もっとお金がほしい」という理由で転職を考えてはいませんか。 一歩立ち止まって考えてみてもよいかもしれません。「ときにお金の誘惑はあまりに強く、心の底ではほんとうには欲しがっていないものへと私たちを駆り立てる」と著者は指摘します。もちろん、お金を稼ぐことが悪いことだというわけではないのです。
人は「愛されたい」から富を求める
「(スミス)先生に言わせれば、人間の精神を蝕(むしば)むのは、成功を躍起になって追い求めることだ。休む間もなくお金と名声を追求していたら、人生を台無しにしかねない」と著者は説きます。それでは、なぜかくも多くの人が「お金持ちになりたい」と思うのでしょうか。人間の根源にある欲求を表す言葉として、スミス先生は「人間は生まれながらにして、愛されたいと願うだけでなく、愛すべき人になりたいと欲する」と残しています。
この場合の「愛される」という言葉の意味は、好かれることや尊敬されること、気遣われることも含みます。「人は他人から評価され、称賛され、望まれ、大切にされたいと願う」という意味です。つまりは、富や身分があることによって世間の関心が自分に集まり、「愛されたい、重んじられたい、認められたい」という強い欲求が満たされるからこそ、人は終わることを知らない富の追求に向かってしまうのです。真に豊かな人は、「自分の運命に満足する人」なのではないか、と著者は分析します。
本書は、原著を読む時間のない現代人のために、スミス先生の思索を現代に引き寄せ、今なおどれだけ価値があるかを示したものになっています。250年以上たっても、色あせない古典の威力を垣間見ることができる一冊です。
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「アダム・スミスの名前を知っている人」というと、かなりの手が挙がりそうです。でも「アダム・スミスが書いた本を読んだことがある人」と尋ねると、実は経済学部の学生でも少ないのではないでしょうか。
敬して遠ざけられるのが経済学の宿命だとすると、それに必死になってあらがっているのが、著者のラス・ロバーツさんです。経済学を寓話(ぐうわ)にしたり、恋愛小説に仕立てたり、果てはケインズとハイエクの経済論争をラップにしたり!
本書のカバーイラストにも、顔を黄色く塗って、サングラスをかけたファンキーな「スミス先生」が登場。ぜひ本書で先生との対話を楽しみながら、よりよい人生をおくるためのヒントを見つけて下さい。
(雨宮百子)