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実際のところ、そのようなリーダーらしいリーダーはそもそも存在するのか、という疑問を持たれるかもしれません。筆者は、ホンダ創業者である本田宗一郎氏が(極めて日本的ではありますが)サーバントリーダーそのものだと考えています。

本田宗一郎氏は1948年に浜松市で本田技研工業株式会社を創業しました。当時、宗一郎氏の夢は「世界一速いクルマをつくりたい」「世界一のオートバイメーカーになりたい」ということでした。まさに、「私は行く。一緒に来たまえ!」と、毎日毎日、みかん箱の上に立って自分たちの明確な目標を宣言していました。

そして、その夢は58年のスーパーカブの発売、59年6月のマン島TTレース初出場を経て、3度目のマン島TTレース(61年)において結実しました。ホンダチームは125CCクラス、250CCクラスともに1位から5位までを独占し、ホンダのエンジンは「まるで時計のような精密さ、アイデアに満ちあふれた完璧なエンジン」と世界中から絶賛を受けたのです。「自分で製作した自動車で全世界の自動車競争の覇者となる」という宗一郎氏の夢がこのとき実現したのです。

ところが、宗一郎氏はこのようにビジョンを発し、周りの者を引き連れていくというリーダーらしいリーダーの役割だけでなく、「サーバント」の側面も担っていました。

まず、宗一郎氏はリーダーの心得として以下のように語っています。

 「どんな社会にも、上層部にいる人と下層部にいる人があるものだ。下の人が上にのぼるためには、大変な努力をしなければならない。人間がすべて平等な位置に立つためには、一人、二人でなくすべての人がのぼらなければならない。しかし、皆を一人残らず上に上げるのは非常に困難である。一方、上の人が下に降りるというのは、比較的楽なことである。もし能力のある人が大衆の仲間になるならば、その能力は、当然誰しもが認めるところとなる。かれは自然に人々から指導者に選ばれ、その能力を最大限発揮できるはずである。まず上の人が下へ降りてきて、皆と一緒にのぼる努力をしなければならない。」(太字 筆者)

これは、リーダーが"上から目線"で部下に対して命を発するいわゆる"リーダー的な"態度と異なり、自ら部下と同じ目線まで降りていって「さあ、一緒に行こう」という、共に歩もうとするサーバントリーダーの態度です。

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