将来肩たたきされないために 今あなたができること
スタンフォード大学経営大学院 フェファー教授に聞く(2)

(C)Nancy Rothstein
世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回は異端の名物教授、ジェフリー・フェファー教授の2回目だ。
年功序列の日本企業では、順調に出世してきた人が50歳代になって、突然、子会社への出向を命じられたり退職を勧奨されたりして、困惑するケースが多いと聞く。「同じように出世してきたのに、なぜ同期のあいつは役員になって自分は子会社なのか」と。このような事態を避けるには、どうしたらよいだろうか。フェファー教授に現実的な方法を指南してもらおう。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

スタンフォード大学経営大学院 ジェフリー・フェファー教授
競争から降りる必要はない
佐藤:著書では「私たちの職場はサソリや毒グモがたくさんいるジャングルのようなもので、それを生き抜く術を身につけなければならない」と説いています。ジャングルの中で生存したい、でも自分は良い人間でありたいからサソリのように毒をまきちらしたくないと願う日本人は多いと思います。この2つは両立しますか?
フェファー:両立しませんね。どちらかを選ばないと。何とか生きられればいいから良い人間でありたいのか、自ら強くなってサソリや毒グモと戦いたいのか。
佐藤:日本企業では「汚いことはやりたくない。社内政治なんてまっぴら。それよりも平和な一般社員でいたい」という人が増えてきています。幹部候補生だった女性が、政治を嫌って昇進を辞退したり、自ら降格を申し出たりすることも多いです。このような日本人社員に、どのようなアドバイスをしますか。
フェファー:自ら競争から降りる必要なんかありません。そんなことしないでください。権力をどう使い、権力者はどうふるまうかを学べばいいだけのことです。
たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんは何もできませんよね。歩き方も、トイレの使い方もわからない。赤ちゃんにとってこの世は不自由なことばかりです。でも、それをひとつひとつ学びながら、克服していくわけです。赤ちゃんは途中で歩くのをあきらめたりしますか。
リーダーとしての現実的なふるまい方を学ぶのも同じことです。最初は不快に感じるかもしれませんが、トレーニングすれば必ずできるようになります。もっと戦略的に人とのコミュニケーションをとることはできますし、もっと自分の意見を主張して、もっと自分の能力を周りの人に示すこともできるのです。
佐藤:それは、自らが毒をまきちらすサソリになるとは違うということですよね?
フェファー:でも、ジャングルの中で生存しなくてはなりませんから、「サソリと戦える何か」になる必要はありますね。死んでしまえばそれで終わり。自分の権力と地位を守るということは最低条件です。権力がなければ、組織の中では何一つ大きなことを達成できません。
リーダーシップモデル、多くは創業者

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。
佐藤:フェファー教授の言っていることはよくわかるのですが、悪いヤツを自分のモデルにするのには、どうしても抵抗があります。世界には人々から尊敬されている素晴らしいリーダーがたくさん存在します。たとえば米サウスウエスト航空のハーバート・ケレハー会長などはその最たる例です。こうした素晴らしいリーダーをお手本にするというのは、どうでしょうか。
フェファー:いわゆる偉大なリーダーの事例から学ぶときには、注意が必要です。全員が全員、参考になるとは限らないからです。彼らがトップの地位まで上りつめるまで、あるいは地位を維持するためにどんな努力をしたかに注目する必要があるのです。
経営大学院の教材や本で賞賛されている偉大なリーダーの多くは創業者です。サウスウエスト航空のハーバート・ケレハー会長も、英ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長も、創業者であり株主です。彼らは、最初から権力のある地位を手に入れていますから、普通のビジネスパーソンのように、組織の階段を上るために努力する、熾烈な出世競争を勝ち抜くといったことはやらなくてよかったわけです。
佐藤:なるほど。そこが同じ社長でも、創業者とサラリーマン社長とでは違う、ということですね。
フェファー:そうです。創業者は「自分はこういう人間でありたい」という情熱をそのまま実現できますが、普通の人はそうはいきません。創業者は自分でルールを決められますが、普通の人は、決められたルールの中で出世競争を勝ち抜いていかなければなりません。権力を手にいれるためには、理想を追い求めるだけではだめなのですが、その現実を創業者リーダーからは学べません。
セミナーよりエグゼクティブコーチが有効?
佐藤:出世競争を勝ち抜くにはどうしたらいいのでしょうか。
フェファー:とにかく、常識を打ち破り、周りの人が期待していること以上のことをやってみせることです。社内外に人脈を築き、周りの人に尽くして、とにかく一目置かれる存在になってください。エグゼクティブコーチをつけて、エグゼクティブとしてふさわしい振る舞い方をトレーニングしてください。周りの人からどんどんフィードバックをもらってください。そうすれば、社内で注目され、出世への扉が開くことでしょう。
佐藤:リーダーシップセミナーを受講することは無駄でも、エグゼクティブコーチをつけるのは効果があるということですね。その違いは何でしょうか。
フェファー:(1)テニススクールでコーチにテニスを教えてもらう(2)テニスの上達法についてのセミナーを受ける――どちらが実際に上達しますか。それと同じです。
リーダーシップセミナーでは、理想ばかりを教えて実践で役立つことを教えません。これは大きな問題です。しかも、聴講しているだけではリーダーシップスキルはあがりません。だから無駄なのです。
佐藤:日本企業には年功序列制度がありますから、多くの人は50歳代まで順調に出世していきます。ところが、50歳代になると、突然、子会社への出向を命じられたり、退職を勧奨されたりして、困惑する人も多いと聞きます。「同じように出世してきたのに、なぜ同期のあいつは役員になって自分は子会社なのか」と。このような事態を避けるには、どうしたらよいでしょうか。
フェファー:そうなる前に、周りの人からの評価に最大限の注意を払ってください。部下、同僚、上司があなたのことをどう評価しているのか。さりげない会話の中で、さぐってみるのです。他人のことをどう思っているのかというのを隠し通すのはとても難しいことですから、良く思っているか、悪く思っているかはすぐにわかります。
佐藤:具体的にはどのようにわかるのでしょうか。
フェファー:表情やジェスチャーでわかりますよ。自分が昇進できそうかどうかは、周りの人たちが教えてくれます。あまり評価されていないようだったら、フィードバックをもらって、改善していけばよいのです。それから昇進した人と昇進しなかった人の違いは何か。そこを分析してみてください。たとえ昇進しなかった人が人格者であったとしても、あなたがモデルとすべきなのは、昇進した人のほうです。
佐藤:出世した人に「どうやって出世しましたか」と聞いても、正直には教えてくれないですが、どうやって分析すればいいでしょうか。
フェファー:あなた自身が観察して調査することです。出世した人は、どんなプロジェクトでどんな成果をだしたか、どんな出張に行ったか、どんな研修を受けたか、留学させてもらったかなど、とにかく徹底的に分析して参考にすべきです。
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※フェファー教授の略歴はシリーズの1回目「激化するグローバル出世競争 日本人は敗者になる?」をご参照ください。
フェアー教授の最新刊「悪いヤツほど出世する」の序章は出世ナビでもお読みいただけます。「悪いヤツほど出世する」で全7回のタイトルを一覧できます。