アポ取りの電話は危険? スタンフォード流会話の極意
スタンフォード大学経営大学院 グロースベック教授に聞く(1)

(C)Elena Zhukova
世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回から登場するのはアーヴィング・グロースベック教授だ。
同氏は米コンチネンタル・ケーブルビジョン社の創業者として、NBAのプロバスケットボールチーム、ボストン・セルティックスの元オーナーとして全米でも有名。30年以上スタンフォードの教壇に立つ看板教授だ。2016年10月、筆者は人気授業「経営者の会話術」を聴講したが、目からウロコの会話術が満載の内容に驚きの連続だった。会話の達人の同教授にその極意を聞いた。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

(C)Nancy Rothstein
スタンフォード大学経営大学院顧問教授。専門は組織行動学。同校のMBAプログラムで「経営者の会話術」、スタンフォード大学医学部で「難しい会話のマネジメント」(経営大学院との合同授業)を教える。過去37年間にわたって、アシュリオン、ResponseLink、ボストン・セルティックスなど、数多くの企業・非営利団体の役員を務める。米コンチネンタル・ケーブルビジョン社(後のメディア・ワン社)の共同創業者。主な著書に"New Business Ventures and the Entrepreneur"(共著、McGraw-Hill Publishing)。
CEO対理事長のロールプレイ
佐藤:本日は、「経営者の会話術」という授業を聴講させていただき、ありがとうございました。グロースベック教授の授業は、学生が様々な役を演じて、アドリブで会話をする「ロールプレイ演習」を取り入れていることで有名です。ここで読者のために復習させていただくと、きょうの授業では次の設定が与えられていました。
CEO役は女子学生、理事長役は男子学生。時折、グロースベック教授も理事長役を演じましたが、その演技があまりにもリアルなので驚いてしまいました。なぜあれほど理事長の気持ちになれたのでしょうか。
グロースベック:経営者として長年、あらゆる修羅場を見てきたため、様々な役柄になりきることができるのです。「こういう立場の人なら、こういうことを言うだろう」とすぐにイメージできますから、とても自然に言葉が出てきますね。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。
佐藤:CEO役の女子学生に対して、理事長役のグロースベック教授が想定外のことを言ったため、彼女は困っていましたね。なぜあえて突っ込んだ質問をしたのでしょうか。
グロースベック:自分の頭で考えて、とっさに何か答えなくてはならない状況を経験してほしかったからです。現実の世界では、相手が何を言ってくるかなんて、事前に想定できませんから、そのための訓練の一環です。
アポとりのための電話は危険
佐藤:CEO役の女子学生は、理事長とのミーティングを設定しようと、まず理事長本人に電話をかけることにしました。「本論は対面で伝えるつもりなのだが、まずは電話でアポをとる」という作戦をどう評価しますか。
グロースベック:この手の問題を解決するのに、最初に電話をしてはダメです。
佐藤:ミーティングを設定するだけでも、電話しないほうがよい、ということでしょうか。
グロースベック:電話でミーティングを申し込むというのは、良いアイデアのように思われていますが、実際そうではありません。相手に直接電話をした瞬間に、いらぬ不安を抱かせるからです。
もしCEOから電話がかかってきて、「ミーティングをしたいんだけど」と言われたらどうでしょう。私が理事長だったら、こう言いますよ。「これまで直接、電話をしてくることなんてなかったですよね。何か問題でもあったのですか」と。するとCEOは「特に大したことではないんですが、直接お会いして話したいんです」と言うでしょう。そうなると、私はますます詳細を知りたくなり、「大したことはない、ってどういうことでしょうか。何か問題があるから会って話がしたいのでしょう。どんな問題ですか」と言うでしょう。それに対して、CEOは電話で何らかの説明を始めなければなりません。結局、電話で言いにくいことを言わなくてはならない事態になってしまう。これではうまくいくものも、うまくいきません。
佐藤:グロースベック教授がCEOだったら、どのようにコミュニケーションをはじめますか。
グロースベック:とにかく電話はしませんね。「いくつか細かいことを相談したいから、ちょっと会えないですか」と電話で言うのもダメではないですが、先ほどのような展開になる可能性が大ですね。私なら電話はせずに、直接、理事長の部屋に行って、対面で話しますね。そうしないと相手の反応が分からないし、私の真意も伝わらないからです。
佐藤:メールでアポだけとる、というのはどうでしょうか。
グロースベック:それは悪くないですね。電話でアポをとるよりはずっとましです。
好戦的な口調ではうまくいかない
佐藤:CEO役の女子学生は、電話でアポをとった後、理事長役の男子学生とミーティングをすることになります。ところが、なかなかうまく説得できずに、かなり長い間、話し合いを続けることになりました。彼女はなぜ失敗してしまったのでしょうか。
グロースベック:攻撃的な雰囲気をつくってしまったのが、最も大きな失敗ですね。強い口調で「私はCEO、あなたは理事長。CEOにはCEOの、理事長には理事長の仕事がある。だから私のテリトリーには入ってこないで」ということを言っていたでしょう。それでは相手は身構えてしまいます。
佐藤:確かに女子学生はとても丁寧な言葉を使っていましたが、少し早口で、好戦的な印象は受けました。
グロースベック:同じ言葉をもっと落ち着いた口調で言っていたら、結果は違っていたはずです。授業では「口調」で失敗してしまう学生が多いですね。
交渉術と会話術とは違う
佐藤:「私はここを妥協するから、あなたもここを譲歩して」と言った女子学生に対して、グロースベック教授は「こういう場で相手と交渉を始めてはならない」と助言していました。なぜ交渉に持ち込んではいけないのでしょうか。
グロースベック:交渉術というのは、商取引で使うものです、たとえば、車を買うとき、値段の交渉をする、オプションをつけてもらえるか交渉をする。こういうときは交渉しても構いません。商取引が終わってしまえば、そこで関係は終わりだからです。
商取引には終わりがありますが、人間関係に終わりはありません。理事長とは今後もつきあっていかなくてはならない。だから、「交渉」をしてはいけないのです。ミーティングの目的は、お互いの誤解を解くことであり、関係を悪化させることではありません。「あなたがCEOの私になりかわって、スタッフに指示したり、自分のオフィスのように使ったりしているということを問題に思っている」ということを伝えることは必要です。ただし、それは、今後も良好な関係を保っていくことを前提にして、伝えなくてはなりません。
佐藤:交渉と関係修復とでは、目的が全く違うということですね。
グロースベック:そうです。CEOは理事長と交渉してはいけなかったのです。スタンフォードには「交渉術」の授業もありますが、私が教えているのは、商取引の場での交渉ではありません。「建設的な人間関係を維持していくための会話術」です。