あんパン木村屋の御曹司が、メゾンカイザー開いたワケ
ブーランジェリーエリックカイザージャポン社長 木村周一郎氏(上)
当時から日本にもパン屋さんは数多くありました。けれど、どこも似たようなパンばかり置いていて、あまり代わり映えがしなかった。どうしてだろう、と考えた末、それは売れるものを棚に置き、売れないものを棚から排除していく売り方に原因があるのではないか、と気づきました。

「販売データを収集し、解析していく手法では、新しい市場を創造することはできない」
僕はマーケティングを勉強したことはありませんが、その考え方には疑問を抱いています。販売データを収集し、解析していく手法では、今起きている現象を説明したり、その延長線上に起こることを予測できたりはしても、まったく新しい市場を創造することはできない。
保険会社にいたので、何かを「売る」ことには自信がありました。保険が売れるのならば、パンだって売れる。だったら、おもいきりフランスらしいパン屋さんを日本で開いて成功させてみせよう、と思ったのです。
そんな僕の考えは当時、多くの人に否定されました。100人いたら100人が「欧米人に比べて日本人はかむ力が弱いから、ハード系のパンは売れません。しかも、そんな皮がパリッとしたバゲットなんて」と言った。だけど、ちょっと待てよ、と。
新幹線に乗れば、スルメイカや干したホタテをしゃぶりつつ一杯飲んでいるサラリーマンがたくさんいる。かた焼きのおせんべいをおいしそうに食べている日本人もいる。お年寄りは歯が弱いからハード系のパンを食べないといいますが、フランスにだって歯の弱いお年寄りはいるはずです。
もしも日本でハード系のパンが売れないのだとしたら、それはマーケッターが言うのとはまったく違うところに理由があるはず。悩み抜いた末に気づいたのは、日本におけるパンの位置付けと、フランスにおけるパンの位置付けの違いでした。
日本では忙しいとき、ごはんの代わりにパンを食べる人が多かった。おむすびと同じで、「ながら食い」できるのがパンの立ち位置でした。だからこそ、菓子パンや総菜パンが好まれた。これに対し、フランスでは主菜の脇役としてパンがなければ、食卓が成立しません。
日本でバゲットが売れないのは、決してマーケッターが言うような理由ではなく、もっと根本的な食習慣と食文化の違いがあるからだと気がついた。このことが、メゾンカイザーを日本で展開していく大きな原動力になりました。
ブーランジェリーエリックカイザージャポン社長。1969年東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒。91年、千代田生命保険相互会社入社。97年に退社し、米国立製パン研究所(AIB)でパン作りを学ぶ。ニューヨークでの修業を経てパリのメゾンカイザーへ。2000年、帰国してエリックカイザージャポンを設立。01年、国内1号店の高輪本店をオープン。
(ライター 曲沼美恵)
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