AI時代の行動原理とは MITメディアラボ所長の本
紀伊国屋書店大手町ビル店

ビジネス街の書店をめぐりながら、その時々のその街の売れ筋本をウオッチしていくシリーズ。今回は定点観測している紀伊国屋書店大手町ビル店に戻る。目立って売れ行きがいいベストセラーはないものの、ビジネス書や経済書の活況は続いている。売れ行き上位の本の中で担当者が注目するのは、激しい変化の時代をどのような指針で生き抜いたらよいか、その行動原理を説いた、最先端の学際研究を続けるマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長らによる一冊だった。
急速な技術発展にどう構えるか
その本は伊藤穣一、ジェフ・ハウ『9(ナイン)プリンシプルズ』(山形浩生訳、早川書房)。副題に「加速する未来で勝ち残るために」とある。著者の一人、伊藤氏は日本のインターネット創生期から活動するベンチャーキャピタリストで、2011年、MITメディアラボの所長に就任した。ネット業界では、その言動や活動がつねに注目を浴びてきた人物だ。その行動哲学を網羅的にまとめたのが本書という触れ込みだ。共著者のハウ氏は「クラウドソーシング」という言葉をつくったことで知られる著名なジャーナリストで、同ラボの客員研究員でもある。
単純な未来予測本とかビジネスノウハウ本と思って手に取ると足をすくわれる。冒頭を飾るのは、19世紀末、リュミエール兄弟の映画発祥をめぐるエピソードだ。映画上映自体はセンセーションを巻き起こし、人だかりができたが、リュミエール兄弟はこの成功によって莫大な富を得、映画というメディアの発展に大きな貢献をしたわけではなかった。彼ら自身は映画を「未来のない発明」と宣言し、別の開発に没頭してしまうのである。それが当時は賢明な動きだと思われていたことに著者たちは注目する。技術が進歩したからといって、それを受け止めきって創造やビジネスに結びつけるイノベーションを起こすのは簡単なことではないのである。
「地図よりコンパス」など9つの原理提示
そうした「技術と人類の断絶」を乗り越えるツールキットとして、本書は9つの原理を提示する。それが9プリンシプルズだ。原理自体はいたってシンプルに表現される。「権威より創発」「プッシュよりプル」「地図よりコンパス」「安全よりリスク」「従うより不服従」「理論より実践」「能力より多様性」「強さより回復力」「モノよりシステム」――この9つだ。それぞれが章立てされてイノベーションをめぐる様々なエピソードを交えて論じられていく。
MITメディアラボがかかわった子供向けプログラミング言語の話もあれば、ビットコイン開発の話も出てくる。イノベーション神話の古典ともいうべきスリーエムやデュポンの話もちりばめられる。技術の発展を目の当たりにしたとき、どういう構えでそこにかかわっていけばよいか。その感度を磨く思考のレッスンという趣の本だ。「幅広い層に満遍なく売れている」とビジネス書を担当する西山崇之さんは話す。
フェイスブックCOOの新著も上位に
それでは先週のランキングを見ておこう。今回はベスト5ではなく10位までを表に掲げた。
6位までを大口の注文や著者・版元関係のまとめ買いが占めた。7位に紹介した本。8位は、フェイスブック最高執行責任者(COO)がビジネススクールの心理学者とともに執筆した話題の一冊。夫の急死から立ち直った経験を振り返りながら、「折れない心」の鍛え方について書いた本だ。スイスのプライベートバンク経営者がその実像を語った本が9位に入った。
(水柿武志)