「ワガママな」新浪剛史氏を変えた慶応体育会時代
サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏

サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏
高校時代にバスケットボール選手として活躍したサントリーホールディングス社長の新浪剛史氏。国体選手にまで選ばれたが、度重なるケガ、身長の壁に悩まされた。「外交官になりたい」という夢もあり、バスケ中心の生活を離れる。進学先の慶応義塾大学で、器械体操部に入り裏方の「主務」を担った。後編では、スター選手から支える側のマネジャー役になり、スポーツを通じて新たに何を学んだのか、新浪氏に語ってもらった。
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バスケ部でのポジションはセンターフォワード。期待された役割は、リングからこぼれたボールを拾ってゴールに入れることだった。
横浜翠嵐高校(横浜市)時代を振り返ると、僕は本当にワガママなプレーヤーでした。ポジションは、センターフォワードです。一番求められた役割は、シュートも打つけど、ゴール近辺でリングからこぼれたボールをしっかり拾って、ゴールにつなげる「リバウンド」をしっかりやることです。本当は、一番やりたくなかった。外からバサッとシュートを決める選手の方がかっこいいじゃないですか。
でも、僕はとにかくリバウンドを徹底的に練習させられた。今の時代はもっと背の高い人がいるけど、何十年前の話だから、僕でも背が高いほうだったし、跳ぶのが得意だったから。嫌だったけど、勝つためには、自分の強いところをやらざるを得ないですよね。
加えてもう一つ、僕の強みは左利きだったことでした。一般的にはみんな右利きでしょう。ボールを構えたら、みんな本能的に右にくるだろうなと思う。左に攻める人はあまりいないから、フェイントになるんです。訓練して、左でも右でもシュートが打てて、リバウンドもとれるようになりました。
小さいころに強制的に母親に右利きに変えさせられたんです。僕は字を書くのは右なんだけど、消すのは左になるんです。ケガも左側ばかりだったから、自然に左側を使っているんでしょうね。結局、頭までは切り替えられなかった。
僕、性格的にすべてそうなんですよ。人と違う。仕事をしていても、人と違うアイデアややり方のほうが面白いと感じる。それが他人にない特徴になったと思います。バスケットに限らず、どんなスポーツでもその人の性格が出ます。思い切りパスを出せばいいのに、という状況でコンサバにやる人と、ここでやってやろう、とチャレンジする人。スポーツは隠せないですよ。ビジネスの場合も、表面は我慢して隠せても、最後の最後にはスポーツに表れるようなその人の性格が出るんじゃないかな。
経営者の人とゴルフしていても、この人は案外こまめだなとか、手堅いプレーするな、無理はしないんだな、と思うことがあります。やっぱり根っこのところで、そういうものが通じていると思います。
活躍が評価され、高校時代に国体選手にも選ばれたが……。
いろいろな大学(のバスケット部)から誘ってもらいました。でも、他のことをやりたいなと思っていました。外交官になりたいな、とかね。