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卒業して帰国すると、お笑い芸人を目指し、タモリさんなど多くの芸能人を輩出した夜間の早稲田大学第二文学部(当時)に入学。昼間はアルバイトや演劇の練習に打ち込んだ。

大学2年の時に、フランス語の先生が企画した3週間のフランス旅行に参加し、コルシカ島でブドウの収穫体験をした。「それまでフラフラした人生を過ごしてきた。お笑い芸人を目指したのも一瞬。将来何をしたいのか自分でもわからなかった。それが、ブドウの実を手にした瞬間、人間の根源の部分に触れたような気がして、自然と喜びがあふれてきた。自分のやりたいことはこれだと思った」

大学3年の終わりごろから授業に出なくなった。大学で学ぶ意義を見出せなくなったからだ。普通の学生なら、それでも就職や世間体を考え、がまんして通い続けるかもしれない。だが、斎藤さんは普通でなかった。もう少しで卒業というところで、早大を中退。コルシカ島で見た夢を追い、米国に渡った。

たるの中で熟成中のワインの味を確認しながら話をする斎藤さん

たるの中で熟成中のワインの味を確認しながら話をする斎藤さん

ワイン造りを基礎から学ぼうと、カリフォルニア州立大学フレズノ校の農学部ワイン醸造学科に入学。化学や生物を英語で学ぶのは非常に辛かったが、「ワイン造りの技術を身に付けないと日本に帰れない」との思いで、しがみついた。同校には、その年の卒業生の中から1人だけ大学付属のワイナリーで1年間働ける制度があった。斎藤さんは、その1人にどうしても選ばれたくて、「毎日ワイナリーに通い、頼まれもしないのにボランティアで働いていた」。その甲斐あって、卒業時にその1人になり、米国で1年間働いた。

ブログで自己PR

将来は日本のワイナリーで醸造の仕事をしたいと考えていた斎藤さんは、自己PRの目的で、日々の仕事をブログで発信し始めた。「私を見つけてごらんなさい」という気持ちだったという。もくろみ通り、ブドウ栽培家で、ワイナリーを設立するために醸造家を探していた現キスヴィン社長の荻原康弘さんの目にとまった。荻原さんは、ブログを読んで斎藤さんに惚れ込み、わざわざ米国まで会いに来たという。

5年間の米国滞在から帰国後、ワイナリーの立ち上げが遅れたため、その間、フランスに渡り修業した。受け入れ先のブルゴーニュのワイナリーとの事前の約束では、2カ月間の予定だったが、働きぶりを評価されて結局1年余り滞在。「世界的な銘醸地といわれる産地でも、生産者は名前の上にあぐらをかくことなく、ものすごく隠れた努力をしていることを知ったことは、大きな財産になった」と振り返る。

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