破格の国産ワイン 造リ手は早大中退のシングルマザー
フランスから帰国し、キスヴィン設立と同時に醸造責任者に就任。ところが、そのころ、斎藤さんは妊娠していた。醸造中のワインの色を見たり香りを嗅いだりすることはできるが、実際に飲んで品質を確認することができない。そこで、信頼できるスタッフに協力を仰いで味の確認作業をした。最初の年の醸造を終えた翌日に入院し、長男を出産した。
子供背負っての畑作業、あえて写真を公開
未婚の母となったが、周囲の反応は温かかった。「いかにも、まゆらしい」との言葉も掛けてもらった。キスヴィンのホームページには、長男をおんぶして畑作業をする斎藤さんの写真が載っている。現在は保育園に預けたり両親の協力を仰いだりしながら仕事と育児を両立。あえて子供との写真を公開しているのは、写真の笑顔とは裏腹に、「育児をしながら働くことは大変だというメッセージを社会に向けて発信したかったから」と話す。
キスヴィン・ワインの高い評価の理由はなんといっても、斎藤さんが海外で培った栽培・醸造の技術と経験だ。荻原さんの自宅の一部を改築して建てた醸造所の片隅には、理科の実験をするような小部屋があり、斎藤さんはそこで地道に品質向上に取り組んでいる。
ブドウ栽培でも、スタッフと話し合いながら次々と新しい試みを打ち出している。例えば、日本では現在、海外で主流の「垣根作り」と呼ぶ栽培方法を導入するワイナリーが増えているが、キスヴィンではあえて日本伝統の「棚作り」に戻した。垣根作りは雨の多い日本には向かないと判断したからだ。
目指すは「ニューヨークで売ること」
現在は、40カ所に散らばる計5ヘクタールの畑で、全部で14種類のブドウを栽培。この規模のワイナリーとしては異例の種類の多さだ。「日本では、例えばピノ・ノワールは気候が合わず育てるのが難しいという声もよく聞くが、育てるのがやさしいブドウなんて一つもない。作ろうという気持ちさえあれば何でも作れる」と斎藤さんは強調する。
キスヴィン・ワインは、ワインショップ大手のエノテカが取り扱いを始めるなど、徐々に販路を拡大。まもなく輸出にも乗り出す。当面の目標は、世界の一流ワインが集積するニューヨークで売ること。斎藤さんは、「シャルドネやピノ・ノワール、シラーなど世界中で飲まれているブドウ品種で勝負したい」と抱負を語る。
「昔から型にはまるのが嫌いで、みんなと同じようにできなかった」と自己分析する斎藤さんだが、「とがった性格は、子供が生まれてだいぶ丸くなったかな」と笑う。かつて、型破りな演技でファンを魅了した歌舞伎の中村勘三郎さんは、「型を身に付けなければ型破りにはなれない」という名言をはいた。基本ができていないと革新的なことはできないという意味だが、まさに斎藤さんのワイン造りにピタリと当てはまる言葉だ。
(ライター 猪瀬聖)