AIで最高の医療を 東大卒で救急医に、そして起業

アイリスを起業した救急医の沖山翔氏
AIを活用すれば、名医のスキル、ノウハウを他のドクターと共有し、診断・治療支援に生かせる。例えば、内視鏡で腸内の異形の部位を映す。熟練した専門医は、色合いや形などで、良性のポリープだとか、正確な診断を下せるかもしれないが、医師の中には誤診したり、見誤るケースがあるかもしれない。しかし、AIを活用すれば、内視鏡などの画像を瞬時に解析してその場で医師に伝え、診断を支援できる。
「より良い医療現場を実現するには、病院の中と外、両面からのアプローチが必要」と沖山氏。17年11月にアイリスを起業。医師2人と学生の計3人で事業をスタートし、医療機器メーカーからも注目を集めている。名医の技術がAIで再現できれば、すべての患者に広く、深く最高の医療サービスを提供する可能性が高まる。
デジタル+日野原先生の笑顔
ただ、沖山氏は「もちろんデジタルですべての問題を解決できるわけではない。やはり最後は医師の人間力です」と語る。医学生の時に聖路加国際病院(東京・中央)を訪ねた。17年に105歳で亡くなった日野原重明氏が名誉院長を務め、がんの痛みなどを和らげる緩和ケアでは日本トップクラスの病院として知られた。
沖山氏には忘れられない光景がある。終末期の寝たきりの患者の表情は暗い。病棟では「痛い、痛い」と沈痛な声が漏れていたが、日野原氏が回診で来ると、患者の顔は一瞬にして変わった。日野原先生はニヤッと笑いながら、「大丈夫だよ」と患者たちに握手して回った。ある患者は「先生に会いたかった。週に1度の回診が生きがい」と破顔。からだを起こし、顔を上げて喜んだ。「えっ、あの患者さん、自分で起き上がれるのか」。沖山氏は日野原先生の笑顔の威力に驚いた。デジタル技術だけで医療サービスが向上するわけではない。
東大医学部は日本の「白い巨塔」の頂点に君臨する。医学生は1学年で100人前後。大学病院の医局とつながり、エリート医師として歩む人が少なくないが、「臨床医になるのは約50%、研究医になるのが約45%、後の5%は僕らみたいなちょっと違う生き方をするというイメージですか。でも、医療に役立ちたいという思いはみんな一緒ですね」と沖山氏。起業家と救急医の二足のわらじをはきながら、デジタル技術を活用した医療の格差是正に挑んでいる。
(代慶達也)