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――山極さんが理想とするリーダー像を体現していた人はいますか。

「自分に近い分野ですごいリーダーだと思うのは、今西錦司さん(元京都大学名誉教授)ですね。日本の霊長類研究の草分けで、僕自身も薫陶を受けました。彼の一番すごい点は、自分自身が生涯リーダーでありながら、非常にたくさんの弟子を育て、その中から梅棹忠夫さんや伊谷純一郎さん、河合雅雄さんといった各分野の傑出したリーダーを輩出したことです。一代限りのリーダーにはなれても、次の世代のリーダーを育てるのは、実は非常に難しい」

傑出したリーダーを育てた今西流リーダーシップ

「おもろいこと」に挑戦せよ、と学生に呼びかける

「おもろいこと」に挑戦せよ、と学生に呼びかける

「なぜ今西さんにそれができたのかといえば、彼は愛されていたけれど、信用されなかったからなんです(笑)。それを最初に見抜いたのは、1980年代に英国からやってきた古生物学者のベヴァリー・ホールステッドさんでした。当時、今西さんはダーウィンの進化論に異を唱え欧米でも話題の人でしたから、英国人の彼は論駁(ろんばく)してやろうと意気込んで来たのです。ところが今西さんと会っているうちにすっかり惚れ込んでしまった。しかも『今西の弟子たちは、今西の言っていることを誰も信じていない。これはすごい』というわけです」

「自分の周りにフォロワーばかり据えていたのでは、自分を超える人は出てこない。今西さんの場合は、常に挑戦し続けるという彼自身の姿勢と、弄するレトリックが面白かったので、弟子たちが自然と集まってきた。さらに、今西さんは自分が挑戦し続けるだけでなく、弟子たちの挑戦を奨励し、許容したんです」

――そこが常人との違いだと。

「自分と違うことを言う人間を決して排除しなかったというのは、すごい能力です。普通は自分を超えようとするやつの頭をなんとか抑え込もうとします。でも今西さんはある時から手を放し、譲るんです。梅棹さんには国立民族学博物館をつくらせ、伊谷さんには京都大学自然人類学教室を、河合さんには日本モンキーセンターを任せ、京都大学霊長類研究所に生態研究部門をつくらせた。弟子たちへの任せ方は実に見事でした」

「現代の社会では、人間関係においても正解を求めがちですね。でも人間同士もお互い100%わかりあえることはないから、探り合うしかない。そこで決定的な失敗に至らなければいい。そうでなければ人間関係なんてつらくて仕方なくなってしまいます。大人は若い人たちに、そうじゃないということを示さなくてはならない。今西さんはそのことをよく知っていたんだと思います。だから自分に従わせず、直観力をみなに発揮させた。お互いに罵り合うことだってあるけど、楽しいからみんなそばにいるという環境をつくった」

「今の社会に求められているのはそういうリーダーじゃないでしょうか。正解に到達することを奨励するのではなく、いろんな新しい可能性を提案してくれる人たちを育てる。大学もそういう場所にしなくちゃいけない。決定的な失敗さえしなければ、いくらでも実験ができる、いくらでも挑戦ができる。その面白さが大学の持つ魅力だと思います」

山極 寿一
1952年東京都生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学、理学博士。日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大理学研究科助教授、教授、研究科長・理学部長を経て14年から現職。国立大学協会会長、日本学術会議会長、モンキーセンター博物館長なども兼任。専門は人類学、霊長類学。

(ライター 石臥薫子)

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