想定外だらけの世界渡る 住友化学女性役員の交渉力
住友化学 執行役員 広岡敦子(下)
手荷物検査で携帯電話を紛失
冷や汗をかくほどではなくても、今だから笑って話せる出来事は数多い。
「ルワンダから帰国するときだったでしょうか。空港で手荷物検査をしますね。その際、部下が携帯電話やパソコン、時計やらをケースに入れて、X線を通したんです。そのまま2、3歩歩いてケースを受け取ろうと思ったら、なんと携帯電話がないんですよ」
大慌てで職員に告げ、探してもらったものの、携帯電話は結局、出てこなかった。

続けてこられた支えは「夫と両親の協力」と振り返る
「それと、これもやはり現地から日本に帰国する際のこと。飛行機に乗り遅れそうになり、チェックインカウンターまで走って行くと、そこの手前にいた女性スタッフがわざとゆっくり手続きしようとするんです。要するに、足下を見られたんでしょう」
急かすと、「何をくれるのか」とあからさまに賄賂を要求された。機転を利かせた広岡さんはとっさにバックの中から子供のお土産用にと取引先にもらった販促品のトランプを差し出し、「これ、あげるわ」と差し出した。相手が面食らっている間に脇を走り抜け、無事、飛行機に乗ることができた。
出勤すると問題が発生していて、「広岡さん、今からすぐコペンハーゲンに飛んで」と言われたこともあった。
「夫に電話をして、『今からコペンハーゲンに行くことになったから』と伝え、急いで家に戻り、パスポートとスーツケースを持って出かけました。その出張は確かゼロ泊3日でしたね」
「会社の看板を背負う以上、赤字は出さない覚悟で」
音楽業界でプロモーターをしている夫は子煩悩で、よく子供の面倒を見てくれた。子供が小さいうちは夫婦2人だけでは難しいからと、夫の両親にも近くに住んでもらい、急な出張の際は子守りを手伝ってもらうなどした。「夫と両親の協力があってこそ、ここまで続けてこられたと思う」と語る。
国連やユニセフなど国際機関で働くスタッフは女性が少なくない。アフリカの政府機関でも大勢の女性が上級管理職に就いている。経験豊富な彼女たちは交渉ごとにも強く、めったなことでは折れない。百戦錬磨の相手を向こうに交渉する際、何を心がけているのかと聞くと、こんな答えが返ってきた。
「会社の看板を背負っている以上、会社に損はさせられません。社会貢献の意味合いが強いと言っても、赤字では必要な投資もできないですし、持続可能ではなくなってしまう。その点はいつも気をつけています」
落札した瞬間はもちろん、うれしい。ただ、その瞬間から苦労も始まる。「喜びと苦しみが同時に来るので、うれしいと思う間がないんです」