仕事に役立つ心理学、あふれる「もどき」に注意
「ビジネス心理学 100本ノック」 榎本博明氏
ビジネスと心理学といえば、説得に役立つようなイメージが浮かぶ。榎本氏によれば、やり手のビジネスパーソンが交渉の場面で心理学的手法を操り、有利な条件を引き出そうと試みることもあるという。このため「向こうの手口をあらかじめ知っていないと、仕掛けに乗せられてしまう」(榎本氏)。返し技のように心理学的アプローチで相手を動かすスキルも求められる。「商談では基本的な手段になっているから、それらしく振る舞えないと足元をみられかねない」という。
「地面師」の手口、心理学的にみると…
たとえば、積水ハウスが55億円をだまし取られたとされる「地面師」詐欺事件でも心理学的手口が悪用されたと、榎本氏は見抜く。別の買い手の存在をにおわせたり、「二度とないチャンス」「期限が迫っている」などと揺さぶったりして、買い手の判断力を鈍らせるのは「心理的リアクタンス」と呼ばれる働きを応用したようにみえる。テレビの通販番組で「今から30分間のご購入に限り」「残り1点」といった言葉で、購買意欲をあおる手法も心理的リアクタンスの応用だ。
心理学で心の動きの裏側を説明されれば、多くの人が納得し、冷静な判断力を保ちやすくなるだろう。半面、予備知識がないと踊らされてしまいがちだ。榎本氏は「心理学的アプローチのパターンを知っておくのは、身を守ることにもつながる」として、「知のよろい」としての心理学武装を促す。
心理学の応用といえば「相手を思い通りに操る」という印象を持たれがちだが、榎本氏は「むしろ自分のマインドを整えるという方向で役に立つ」と説く。自分が精神的に傷ついたことを示す「へこむ」「心が折れる」といった言葉が広まるなか、「なぜ自分はへこむのか。折れてしまうのか。心理学的メカニズムを理解すれば、ダメージを避けやすくなる」(榎本氏)。ポジティブな気分で日々を過ごすのにも心理学が役立つわけだ。
大学で長く心理学を教えてきた榎本氏は、学生の気質の変化を感じるという。特にコミュニケーションが表面的になっているのが目立ち、「SNS上の『友達』の数は増えた半面、本当に腹を割って話せる親友は減り、かえって孤独感を募らせている」(榎本氏)。昭和の学生は喫茶店で「つるむ」のを好んだが、今の学生はSNSでゆるく「つながる」のを好む。押し出しの強い自己開示は衝突や反発を招く禁じ手となり、目先のウケ狙いの言葉遊びが主流になったと榎本氏は分析する。