「キングダムは会社員経験そのもの」 作者・原泰久氏
漫画『キングダム』原泰久氏に聞く
――ロングヒット作になった転機とは何でしょうか。
ロングヒットといわれても、自分自身ではピンとこないんです。というのも、最初は人気があまりなかった(笑)。でも、僕は自分の漫画が心底面白いと思って描いているんですよ。「なぜ人気がないんだろう」と歯ぎしりする思いでしたが、とうとうアンケートで最下位を記録し、連載打ち切りの候補に入ってしまったんです。3作品中2作品が打ち切りになるという状況でも、最後の1つに残れるという根拠のない自信はありました。
そこで以前、アシスタントをしていた井上雄彦先生に相談したんです。井上先生からは、話は面白い、信の黒目が小さいだけだと言っていただきました。そこでハッと気が付いたんです。それまで、絵よりストーリーに重きを置いていた自分の漫画に対する姿勢を顧みました。そこで改めて自分の絵と向き合ったんです。
単に黒目だけを大きくすると、バランスがおかしくなる。黒目を大きくすることで、必然的に全体的なタッチにも手を入れる必要が出てきます。その結果、躍動感のある絵になったと思います。

1巻の信。井上雄彦氏のアドバイスで、1巻の頃よりも4巻くらいから信の目が強くなった。絵に躍動感が出たという

4巻の信
僕だったら、後輩に質問されたら、10くらい言ってしまいそうなところを、井上先生は黒目が小さいというたったひと言で、根本的な変化を与えてくれた。アシスタント時代も、井上先生は多くを語らず、漫画と真摯に向き合う姿勢を教えてくださいました。「この人の背中を見ていれば大丈夫だ」と思ったことを覚えています。漫画家としての指針になる井上先生に出会えたことは、大きな財産です。
信の黒目を大きく描いたのは、巻数でいうと4巻くらい。ちょうど、逃亡していた信たちが逆襲を始める頃で、ストーリーが盛り上がるタイミングだったということも功を奏したと思います。反乱を起こした政の弟、成●(きょう、橋の左側が虫へん)を倒した第48回で、初めて読者アンケート1位になりました。
そこからは人気が出始めたのですが、上昇カーブは緩やかで、なかなかドーンとはきませんでした。節目は15年、テレビ朝日の「アメトーーク!」で、「キングダム芸人」が取り上げられたことですね。あの放送の直後は、書店から単行本がなくなるほど、一気に火が付きました。
新しい読者さんから、「1巻から読んでるけど、最初から面白い!」って言っていただいて。あれ? 最初は人気なかったんだけどな(笑)と思いながらも、ずっとブレずに「これが一番面白い」と信じてやってきたことが報われたような気持ちになりました。
――中国の春秋戦国時代が舞台。史実には忠実であろうとしていますか。
もちろん司馬遷の「史記」を読み、史実の骨子は外さないように心がけています。一方であえて、歴史ものっぽさを避けている部分もあります。衣装や建物などを忠実に描けば描くほど、歴史のイメージが先行して、読者との間に距離が生じてしまうんです。中国の昔の話なのですが、今の人とシンクロするように描いています。現代のドラマのような話として読めるといいな、と。
特に好きなキャラクターというと作者としては難しいところですね。今、秦国と趙国の戦争を描いているところなんですが、知略と武術に優れた趙国の大将軍、李牧には思い入れがありますね。秦に攻められる国を全力で守る最強の武将です。サラリーマンの友達に人気があるのは、基本に忠実で生真面目な壁や飛信隊の渕さんです。スーパーマンのなかで頑張る等身大のキャラというところに共感が得られるのかもしれません。