経営者は駅伝ランナー、引き際「スパッと」が美しい
カルビー元会長 松本晃氏
人間には欲があるから、そうなってしまうのは仕方がない。別に僕に欲がないとか、そういう話ではない。僕にもありますよ(笑)。だからこそやらない。
経営者の振る舞い、周囲は引退後にも注目
僕は昔から「上は3年で下を見、下は3日で上を見る」と言っています。上司が部下を知るには3年かかり、部下は3日で上司を見抜くということです。周りの人は、よく見ていますよ。「松本はカルビーの会長をやって、確かに成長に貢献したかもしれない。でも辞めてからは、会社から金をもらって遊んでる」と言われるようでは、僕の9年間は何の価値もなくなります。
「あいつ、今はどうしてるんだ?」「あいつがいたときは、もう少しうまくいっていたんじゃないか?」と思われるぐらい(のタイミングで退くの)がちょうどいいんです。僕が辞めて会社がもっともっと良くなって、「今のトップの方がうまくやっている」と言われたとしても、会社としてはそれでいいじゃないですか。僕には、もう関係ないんです。
カルビーにいた9年間、僕は全力で走りました。走って終わり。創業者から数えて僕は5代目のトップでした。僕は箱根(駅伝)の5区を走っていたようなものです。箱根の5区は坂道ばっかりで一番しんどいところですが、ゴールまで走りきれば任務は終わりです。次の6区の走者の伴走までしないでしょ。
会社経営は駅伝のようなものです。次の走者が一生懸命走っているのに、「俺も、もうちょっと走れるから」と言って伴走するようなことは、やってはいけない。でも一般的に日本企業のトップは、これをやりがちです。社長の周りにダァッと昔のトップが群がって手取り足とりする。そういう会社がいっぱいあるでしょう? 正直、みっともないと思いますね。
ただね、一方では日本のトップの多くが、在任中や退任時にきちんと相応のお金をもらっていないという問題もあるんです。日本の会社の悪いところです。相談役や顧問などの肩書で居残って報酬をもらうのは、現役時代の分を後払いで受け取っているという性格がある。米国の会社は、在任中から株式報酬などを通じて仕事の対価を払ってくれます。だから経営者は会社と縁が切れてもなんとかなるし、辞めやすいんです。
なぜ経営? 報酬より「仕事が面白い」から
僕は退職金のことを「手切れ金」と呼んでいます。日本では多く払わないから、元経営者は会社に長く居座りたくなる。結局、お金は1回でスパッと払った方が、会社にとっても経営者にとっても楽なんです。
会社は個人の所有物ではなくて、みんなのものです。取引先、従業員とその家族など全てのステークホルダー(利害関係者)のものです。経営者の成果に対しては、払うものは払うという姿勢で臨むべきだと思います。日本企業の多くはそこがはっきりしない。
僕は60歳でJ&Jを辞めた時、後は全く働かなくても食べていけるだけのお金はもらいました。それなのになぜ仕事を続けているかというと、仕事より面白いものが何もないからです。仕事をすれば世のため、人のためになるでしょう? 仕事より面白いことがあるならそれをやります。ゴルフも嫌いじゃないから、下手くそだけどやります。でも仕事ほど面白くないもん(笑)。
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1947年京都府生まれ。京都大学大学院修了後、伊藤忠商事入社。93年にジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)日本法人に転じて社長などを歴任した。2009年にカルビーの会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。停滞感のあった同社を成長企業に変え、経営手腕が注目されるようになった。11年には東証1部上場を果たし、同社を名実ともに同族経営会社から脱皮させた。18年に新興企業のRIZAPグループに転じたのも話題に。
(シニアライター 木ノ内敏久)