世界最難関ミネルバ大で育つリーダー 決断力の導き方
『最難関校ミネルバ大学式思考習慣』 山本秀樹氏
しかし、ミネルバ大の授業では事実を手に入れながら、判断をその都度、軌道修正し、まだ決まっていない未来への決断を導く力が求められる。100点満点の「正解」は用意されていない。走りながら考えることを要求される点では、現実のビジネスシーンに近い。そもそも教員はあまり口をはさまず、学生同士の議論を見守る立場だ。社内の会議を予定調和や「鶴の一声」で終わらせないためにも、拝借したいメソッドだ。
最初から議論ばかり繰り広げているわけではない。1年生は「81の思考習慣」という基本的な技法を徹底的に教え込まれる。「議論の前提になるクリティカルシンキング(批判的思考)やコミュニケーションスキルなどをしっかり教わるから、2年目からの議論に厚みが出る」(山本氏)。だが、日本企業の新人教育では実務を通して学ぶ「職場内訓練(OJT)」が一般的だ。山本氏自身もコンサルティング会社時代、「先輩が炎上案件の火を消し止める手際を見て学んだ」という。
オンライン動画を用いた授業は、ミネルバ大の特徴だが、単に動画を用いる点に価値があるわけではないと、山本氏は指摘する。ミネルバ大では学生の発言も録画されている。だから、誤りも含めてフィードバックして修正するという作業を、手軽に繰り返せるところに、習得度を効率よく高める秘密がある。教授の一方的な演説的動画を流し見して済ませるのでは、旧来の授業と変わらない。
映像を使ったリピート学習は、ビジネスの基本となった感のある「PDCA」にも似ているが、仕事の現場で「C(チェック)」はおろそかになりがち。その前提になる記録も、再現可能性が乏しくては、再発防止や業務改善につながりにくい。社内のメールや日報は日々、検証されているだろうか。失敗を含めて、働き手の知見を集めて、共有する必要性をあらためて確認したい。
大学生が「ビジネス10年生」の発想
様々な集合知を効率的に学んでいるから、ミネルバ大の学生は「まだ大学生のはずなのに、ビジネス10年生のような思考ができる」という。基本の考え方が身についていれば、後は業界や製品ごとの分野別知識を補えば済む。転職を考えた場合、ある特定業種だけに思考スキルが染まりすぎていると、選べる転職先のバリエーションが狭まってしまう。汎用性の高い考え方は、転職時代の必須スキルともなっていきそうだ。
もっとも、山本氏はミネルバ大を学びの最終形だとは考えていない。西洋的な合理主義や個人主義が基本にあるのに加え、十分に言語化されていない知恵をまだ取り込めていないところがあるとみる。たとえば、近江商人の教え「三方よし」のような東洋的な経験知は「ミネルバ大のカリキュラムにはまだあまり生かされていないようにみえる」(山本氏)。
利他の精神や、世間の知恵といった、合理思想ではすくい取りにくいけれども、利害の異なる他者とわたりあううえでは必須の知見もある。ミネルバ大に通わなくても、こうした知恵を学ぶ機会は、日々の仕事の中にもあるだろう。しなやかに進化を続けるミネルバ大のありようは、自分たちの勤める「学び舎」のバージョンアップにも生かしようがありそうだ。
1997年慶応義塾大学経済学部卒、2008年英ケンブリッジ大学経営管理学修士(MBA)。東レ、ブーズ・アンド・カンパニー(現PwC Strategy&)を経て、住友スリーエム(現3Mジャパン)でマーケティング部長を経験。14年に独立し、15~17年にMinerva Schools at KGI(ミネルバ大学)の日本連絡事務所代表を務めた。教育の先端事例を紹介するDream Project Schoolを運営。