変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

ただ、子育て中の女性を取り巻く状況は1個のルールで割り切れるほど、似通ってはいないし、単純でもない。武田氏が丁寧に説明するのは、「個々に異なる」という点だ。「たくさんのグラデーションの幅があり、その人が1カ所にずっととどまるわけでもない。『フルキャリだから、このパターン』と、安易に決め込んでほしくない」(武田氏)

お手軽にルールを運用してしまうと、「フルキャリに向けて『無理しないで』は禁句らしいから、全面的に使用禁止」となりかねない。でも、「本当に配慮を求めている働き手もいる。お迎えができて、とても助かっている働き手も間違いなくいる。みんながフルキャリ志向ではない。しかもフルキャリの間にもそれぞれに違いがある」と、武田氏はおしなべての上司判断がはらむ危うさを見逃さない。

ガイドラインではなく職場の実態を解説

「長きにわたって能力を発揮してほしいと考える企業は変わり始めている」と話す著者の武田佳奈氏

「長きにわたって能力を発揮してほしいと考える企業は変わり始めている」と話す著者の武田佳奈氏

「子育てしながら働く部下を持つマネジャーの心得」を意識して書かれた本だ。ただ、アンケートや取材に基づく、実態の解説に多くのページが割かれ、必ずしも上司に「虎の巻」的なガイドラインを示すわけではない。頼れる判断基準が企業側からも示されていない状況では、上司は立ちすくんでしまいそうだ。「事情がわからないからこそ、部下と腹を割って話し合うのが一番」と武田氏は対話を勧める。

上司が部下と向き合う際に、武田氏が重視するのは「心理的安全性」だ。部下が自然体のまま、本来の自分を安心した状態でさらけ出せる雰囲気や状況を指す。近年、ビジネスシーンでも重要性が指摘されている。武田氏が心理的安全性を求めるのは、本心を話せないと、上司との間にすれ違いが起きてしまい、部下の希望がかないにくくなってしまうからだ。

自分の発言を曲解されたり、望まない不利益を押しつけられたりといった展開に至る懸念があると、部下は本心を隠してしまいがちだ。上司が「引き受けてほしい」というムードを押し出して、「できるか」と尋ねてきたら、「部下は『できません』とは言いにくい」(武田氏)。この状況を生んだ時点で、心理的安全性は損なわれている。何を言っても大丈夫だと部下が思えるような、フラットな対話環境が求められる。

望ましい対話の舞台づくりとは

望ましい対話の舞台は「部下が『ここまではできます。でも、ここから先はできません』といった具合に率直な発言ができる状況」(武田氏)というイメージだ。「そこまでのキャリアや働き方は求めていない」というような自己開示も、過剰な期待を、本人の望みに引き戻すうえで意味がある。

直線的な出世キャリアに乗っかることを多くの働き手が求めた時代ではない。すごろくで言えば、「上がり」は1カ所ではないうえ、そもそも「上がらない」という選択もあり得る。ただ、上を向いて働いてきた上司世代にとって、部下の「多様な本心」に寄り添うのは容易ではない。余計な「親心」がわきやすい。妻が専業主婦の男性上司は自分を理想型と思い込まない心構えが求められそうだ。

上司側が忘れてはならないのは、部下の状況も希望もしばしば変わるという点だ。ライフイベント次第で事情が変化するので、1年前には難しかった転勤が今の状況では検討可能になっている場合もあり得る。子育てが一段落したとか、外部のサポートが得られるようになったなど、状況が変わる理由は様々だ。「上司は部下の状況変化を聞き取って、直近の状況や意欲にふさわしい働き方について、相談に乗ってほしい」(武田氏)

キャリア相談に丁寧な態度で乗るにあたって、上司が気になるのは、各種のハラスメントにさわりかねないという心配だろう。出産や家庭事情、健康、介護など、デリケートな話題を扱うだけに、「下手に踏み込んで、ハラスメント通報を受けるのは避けたい」という心配が募りそうだ。

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedoNIKKEI SEEKS日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック