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当時、外国人が日本の株式に投資する場合、投資の回収については、配当金は自由に円を外貨に換えて国外に送金できたが、株式の売却代金はそうはいかなかった。外国人は株式を取得したあと、それを2年間持ち続けないと株を売って得たお金を国外に送金できなかった。いわゆる「据え置き」2年の送金制限だ。

大臣就任当日の大決断

しかし、世の中はすでに自由化の時代である。この2年の据え置きをどうするか、短縮できるのか、できるならどれくらいまでできるのかが議論され始めていた。蔵相に就任したその当日、角栄は記者からこれを問われた。就任挨拶をしたその日のことである。さすがに専門的過ぎた。「事務方と相談しながら適切に判断」。並みの大臣なら通常こうだ。大臣に就任したその翌日のことだから十分に許される。相手もその答えを予想していた。しかし、角栄は違った。

「6カ月から1年に短縮」

きっぱり言い切った。当時、専門家の間では「どんなに短くしても1年、緩和の実施時期もできるだけ先」という意見が多かった。株価安定を目指すならそうかもしれない。しかし、送金制限の不自由さは外資が日本の市場(マーケット)に流入する際の障壁にもなっていた。日本の経済のパイを拡大していかねばならない時だ。企業はいくらでも成長のための設備投資資金が必要だ。障壁を取りのぞくのは早いにこしたことはない――。

潔く全てを捨て、頭を下げる

角栄はそう判断し、流れをつくったのだった。経済の自由化やグローバル化が進んだ今なら簡単にできる判断かもしれないが、当時は至難だった。逃げ足の速い「ホットマネー」だ。アレルギーはまだまだ強かった。時代を先取りした規制緩和は、実利を重視する角栄だったからこそできた判断だった。小学校卒の角栄が的確にグローバル経済の波頭を捉えていた。官僚顔負けだった。役人たちは次第に角栄に取り込まれていった。

裃(かみしも)をつけて人と接していても、物事は進まない。リーダーたるもの「ここぞ」という時は裸になって体当たりすることも肝心だ。外から借りてきた知識で身を守っていないで、潔く全てを捨てる。そして頭を下げるのだ。リーダーは常に大きな仕事を目指さなければならない。その場合、大切なのは自分よりも優秀な部下を使いこなすこと。部下を屈服させることばかり考えているリーダーはまだまだ二流だ。自分より力のある部下の力を得てこそ、自分を超える大きな仕事が初めてできる。

(前野雅弥)

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田中角栄のふろしき 首相秘書官の証言

著者 : 前野 雅弥
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,728円 (税込み)

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