引く時を考えて物事を前に進める 田中角栄の突破力
しかも悪いことに大臣一行が帰国した直後に、「米国がついに対敵通商法を適用し、日本からの繊維輸出を一方的に制限する措置に打って出る」との情報が入る。
米国のいら立ちはピークに差しかかりつつあった。米国にしてみれば「もうこれ以上、待てない。日本の自主規制は待っていられない。こちらから動く」段階に入りつつあった。角栄にとってはまったく初めての日米繊維交渉だったが、日本と米国との交渉そのものは1969年から続いている。強硬策一辺倒でいくやり方は限界に来ていた。
そろそろ潮時だった。
日本も引くところは引き、取るべきものは取って決着をつけるべきタイミングだった。米国と丁々発止、やってみてそれがよく分かった。角栄も通産官僚たちも。そしてそれこそが角栄の狙いだった。まずは通産官僚の面子(メンツ)を立て、振り付け通りに踊る。歴代大臣のだれよりも上手に。そしていくら上手に踊ってもそれが日米貿易摩擦の解決にはならないことを「やってみせた」のだ。
君たちのいうように俺はやった。さあ、ここからどうする
角栄は通産省の幹部を緊急に招集する。全員が集まったところで角栄はこう切り出した。
「この間の日米貿易経済合同委員会では君たちのいうように俺はやった。しかし、結果は悪くなった。米国は日本を敵国扱いし、対敵通商法を発動しようとしている。さあ、ここからだ。どうする」角栄が畳みかけたのだった。
ここでようやく通産官僚が動く。「大臣。別案をつくります」。ここから通産官僚の交渉の仕方が劇的に変わっていく。米国敵視から協調へ。最後は日本の繊維業界に一定の補償をする代わりに自主規制を引き出し決着させたのだった。
まずは相手の言うことを聞き、一緒に事を進める。そしてそれでダメならまた次を一緒に考える。聞いて聞いて、そしてまた聞く。その胆力がリーダーには必要だ。なぜならリーダーの役割は正解を出すことではないからだ。正解の方向へ組織を最終的に動かすのがリーダーの役割。正解が分かっているからと言って早々と正解を提示し相手の意見をねじ伏せてしまっても意味がない。まずは相手の言葉を聞く。そこからすべて始まる。
(前野雅弥)
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