あえて英語圏でない国へ 「一人旅」させる武蔵
武蔵高校中学(中) 教育ジャーナリスト・おおたとしまさ
英語圏だけが世界ではない。世界は本当に異質で多様だということを生徒に実感してほしいという思いがある。
「国外研修で派遣されるのは、毎年約20人に限られます。しかしほぼ同人数の留学生も毎年受け入れていて、これが生徒全員に恩恵をもたらしています。この交流をさらに深めたいと考えています」
制度の拡充も進めている。夏休みなどを利用して何らかの研究をする生徒に費用の一部を補助する「野外研究奨励基金」という、制度が武蔵にはもともとある。たとえば、フナムシを研究するのに日本各地の海を回りたいという生徒の旅費の一部を学校が負担する仕組みだ。同窓会からの寄付を財源に、これを海外にも拡大し「国内・海外校外活動奨励基金」とする。
自主的な海外体験を学校として明確に推奨するのだ。学校主導の集団研修にしないところが、また武蔵らしい。
ただし、単なる語学研修やホームステイは対象としない。功利的な目的でスキルを磨くためだけに行くのもダメ。研究でも交流でも社会活動でもいいから、何らかのテーマをもって取り組むものでなければならない。
「グローバル社会の中で自分だけが"勝ち組"になるためのグローバル教育ではなく、世界とつながり、世界をつなげ、ともに生きていくためのグローバル教育を推進したいと思います」
建学の精神である「武蔵の三理想」には、こうある。
・東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物
・世界に雄飛するにたえる人物
・自ら調べ自ら考える力ある人物
まさに理想を具現する制度の誕生である。19年の夏休みには、早速5人がこの制度を利用して海外に出た。高校生が2人、中学3年生が3人。頼もしい「ファーストペンギン」たちだ。杉山剛士校長は「これは広がると思いますよ。世界に雄飛して、世界をつなげて、世界を舞台に自調自考をしようという話ですから」と胸を張る。
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創立は1922年。東武鉄道オーナーの根津嘉一郎(初代)が資金を出し、日本初の私立旧制7年制高校として開校した。「自調自考」が合言葉的に使われる。1学年は約160人。2019年の東京大学進学者数は22人。卒業生には、東大総長の五神真氏、早稲田大学総長の田中愛治氏、社会活動家の湯浅誠氏などがいる。