職場になじんだはずが欠勤続き 退職代行選ぶ新人の謎
フェリタス社会保険労務士法人代表 石川弘子(2)
「さっき、退職代行会社というところから、A男はこれ以上出社することができないから、退職の手続きを進めてくれと電話があった。何か聞いているか?」
Y主任は驚いて、昨夜の様子をI支店長に話した。
「頑張るから、これからもよろしくお願いしますって言ってたんですけど……」
I支店長も「退職代行なんて、聞いたことはあったけど、まさかうちに来るなんて……」と戸惑っている。I支店長とY主任がインターネットで退職代行について調べてみたところ、数万円の費用を支払うと、本人に代わって会社に退職に関する連絡を代行するサービスのようだ。交渉などは一切しないらしく、あくまでも連絡の代行をするサービスらしい。
その後、退職代行会社は、「A男の離職票や源泉徴収票をA男に送ってほしい」「A男が持っている健康保険証などは郵送で今週中に送る」というA男の伝言を伝えてきた。退職代行会社の担当者にI支店長が、A男の退職理由を教えてほしいと聞いても、「一身上の都合」と答えるのみで、詳細については一切話すことはなかった。
それからは、A男が持っていた案件の対応に支店の社員は忙殺された。新人だったので、さほどの量はなかったが、書類やデータがめちゃくちゃで、主任に報告がなかった案件もいくつかあり、客からの問い合わせへの対応にも四苦八苦した。
数週間が経過し、支店もようやく通常の落ち着きを取り戻した。退職代行を使って突然辞めるというA男の態度に、最初は戸惑い、怒りも覚えたY主任だったが、日が経つにつれ、何とも言えないむなしさを感じていた。
「数万円を払ってでも、直接退職の連絡はしたくない、私たちとは話したくないってことなんですかね……」
と、寂しそうにつぶやくY主任に、
「主任は忍耐強く面倒見ていたと思うよ。今どきの子は本当に分からないな……」
とI支店長が主任をいたわった。
馴染んでいるかに見える若手が、突然、退職する心理
「退職したい」と申し出ても、半ば脅して退職を阻止するブラック企業もあると聞く。そういった場合にやむを得ず退職代行サービスを使うこともあるだろう。しかし、ごく普通の会社で、本人も職場に馴染んでいるように見えて、突然、退職代行会社から連絡が来ると、周囲は理由が分からず、戸惑い、ショックを受ける。
友人とのやり取りもLINEなどで行っている世代としては、言いにくいことを直接言ったり、電話で話したりすることを、「面倒くさい」と考える人も多いようだ。また、電話等の双方向のコミュニケーションで慰留されたりすることが、「うざい」と感じる人もいる。
退職の申し出といった「面倒くさい」話は、たとえ数万円を支払ったとしても、誰かに代わってしてほしいと思うのだろう。「大事な話は相手と会って直接する」という管理職世代の感覚と若手の感覚にはズレがある。
A男がなぜ辞めたのか本当の理由は結局分からずじまいだったが、今後はこのようなケースも増えてくるのだろう。会社としては、突然の事態に対応できるような情報の共有や、仕事の相互サポート体制の整備などを進め、流動化に備えるしかないようだ。
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