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個人としての目標は「後輩に負けないこと」。「中2のときに1個下の伍心宇(ご・しんう)くんに負けて、一生でいちばん悔しいくらいの思いをしました。後輩がみんな強いんです」と、斉藤さんは苦笑いを浮かべる。

囲碁や将棋に比べると競技人口が少ない。オセロ部がある学校も少ない。でも競技人口が増えればうかうかしていられないのではないか。それに対し斉藤さんは「いまのところは楽しく仲良くやって勝てている。できるだけその良さは残していきたい。規則を求めないことがこの部活の伝統だから」と答えた。

オセロではなく、ボードゲームをやり始める部員も

オセロではなく、ボードゲームをやり始める部員も

部長がまじめにインタビューに答えている横で、噂の伍さん(中3)は、スマホでサッカーゲームに興じていた。すでに四段の腕前。次世代麻布オセロ部の期待の星だが、「目標は?」の質問に、「うーん、正直言うと、オセロ飽きてきちゃったんですよね。僕はガチりません」とさらっと答える。でも、何かやってくれそうな期待を抱かせるオーラをもっている。

人工知能「ロジステロ」との死闘

麻布オセロ部の強さの理由を顧問の村上さんに聞いた。「部の中に有段者がぞろぞろいるので、先輩と後輩で頻繁に対戦しているだけで日常的にハイレベルな『検討』を行えるということと、他流試合に積極的に参加する文化があるからでしょう。毎週末、いずれかの部員がどこかの大会に出場していますよ」

さらに続ける。「序盤の『定石』をたくさん覚えておくことも大事だし、終盤の乗り切り方を『詰めオセロ』で磨いておくことも大切です。負けたら『棋譜』(試合の全手の記録)をもとに敗因を分析します。オセロって、負けるととにかく悔しいんですよ。誰のせいにもできない。負けたのは自分が弱いから。その気持ちが大切です。だから僕は、誰と対戦するときも一切手を抜きません」(村上さん)

実は村上さんには、「オセロ界のレジェンド(伝説)」として語り継がれる大敗北の経験がある。1997年、「世界最強」の称号をほしいままにしていた当時の村上さんは、人工知能「ロジステロ」の挑戦を「人類代表」として受けて立った。

奇しくも同年、人工知能「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピオンを下したばかり。世界中のメディアが「チェスの敵(かたき)はオセロでとる!」と注目した。

「でも、戦う前から勝ち目がないことはわかっていました。僕はドン・キホーテでした。ただ、これはオセロの戦いではなく、哲学の戦いだと考えました」と村上さん。どういう意味か。

人類がオセロでコンピューターに負けるのは時間の問題だった。でも「コンピューターに負ける=オセロが終わった」ではないことを示すことに意味があり、むしろ「負けた」という歴史を刻むことは、複雑な知的ゲームとしてのオセロの立場を守ることにつながると考えたのだ。

負けてなお、損なわれない価値がある

結果は6戦全敗の完敗。「オセロのチャンピオンの権威を貶(おとし)めて申し訳なかったと言うのがたぶん正解だったのでしょう。でも僕は謝りませんでした」。それでバッシングも受けた。

しかし現在、人工知能と人類の攻防を語る際、囲碁、将棋、チェスと並んで、村上さんの対戦が「伝説」の一つとして語り継がれている。

1997年のあのとき実は、生まれてまだ歴史も浅かった「オセロ」が、「4大頭脳ゲーム」として東西の古典的ボードゲームと初めて肩を並べたのだ。ただし、そのことに世界が気づくには、20年以上の月日が必要だった。つまり村上さんは、20年以上先の手を読んでいた。

負けてバッシングを受け気の遠くなるような月日を経てなお、より大きな目的をひそかに成し遂げる。麻布オセロ部員が日々吸収しているのは、オセロの技術だけでなく、その不撓(ふとう)不屈の精神と先を読む力だ。彼らがその価値に気づくのはこれまた数十年後になると思うが。

麻布中学校・高等学校(東京都港区)
創立は1895年。戦後中高一貫体制になってから一度も東大合格者数ランキングトップ10から外れたことのない唯一の学校。しかし一度も1位にはなっていない。1学年は約300人。2019年東大合格者数は100人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(2015~2019年)平均は130.6人で全国7位。卒業生には、福田康夫元首相、前川喜平元文部科学省事務次官、社会学者の宮台真司氏、アナウンサーの桝太一氏などがいる。

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著者 : おおたとしまさ
出版 : 日本経済新聞出版社
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