校則も生徒会もない理由 麻布、「自由」への高校紛争
麻布中学・高校(中) 教育ジャーナリスト・おおたとしまさ
麻布にはいまも生徒心得や校則がない。生徒手帳すらない。正式な同窓会もなければ、実は生徒会もない。それらが「ない」という消極的事実が、実感として、学園紛争のリアリティーをいまに伝えているのである。
未熟な自由と民主主義
麻布の創立者は江原素六という元幕臣。要するに維新の負け組がつくった学校だ。江原は麻布の校長を務めながら、長年帝国議会議員としても活動した。薩長藩閥政治に反発し、自由と民主的な社会を実現するために、政治と教育の両面から社会に働きかけていたわけだ。
江原は自由闊達な校風をつくりあげ、生徒たちの言論を見ては「青年即未来」という言葉を使った。麻布を民主主義の孵化(ふか)器(インキュベーター)ととらえていたのではなかろうか。
学園紛争という激動を乗り越えることで、麻布で培われた自由と民主主義の精神が、権力に屈しないことが証明された。その面では、創立者の遺志が通じたといえる。
平秀明校長は、校長就任後初の入学式で、次のように述べた。「麻布学園が大切にしている自主・自立の精神とは、ものごとを自分の目で見、自分の頭で考えて判断し、自らのなかに自分を律する基準をつくることです。そしてそれができたとき、つまり、自分が自分自身の主人公になったとき、ひとは本当に自由になれるのです」
平校長自身、学園紛争直後の麻布に入学した。当時校内にはまだ紛争の爪痕が残っていたという。そしていま、紛争を知らない世代の教員たちを率いる。
一方で、「革命」が結局暴力によって成し遂げられたという負の側面も忘れてはいけない。その意味で、麻布の自由や民主主義はまだまだ未熟な状態にある。これをどう洗練していけるか。それが後世の麻布生たちに残された課題である。
麻布に入るということは、その難題を引き受けるということである。ただ単に、制服を着たくない、髪の毛を緑に染めてみたい、文化祭や運動会ではっちゃけたいというのなら、本来はお門違いというものだ。
ただし、12歳の中学受験生にこれを理解しろと求めるのは過酷である。入ってから気づけばいい。そして6年間をかけて学べばいい。麻布はそういう学校だ。
創立は1895年。戦後中高一貫体制になってから一度も東大合格者数ランキングトップ10から外れたことのない唯一の学校。しかし一度も1位にはなっていない。1学年は約300人。2019年東大合格者数は100人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(2015~2019年)平均は130.6人で全国7位。卒業生には、福田康夫元首相、前川喜平元文部科学省事務次官、社会学者の宮台真司氏、アナウンサーの桝太一氏などがいる。