組織の中の「恐れ」で明暗 ハーバードが見た原発事故
ハーバードビジネススクール教授 エイミー・エドモンドソン氏(中)
所長をトップとする序列はありましたが、とてもうまく管理されていました。極度の危機に直面すると、そこから逃げることを決断する人もいますが、福島第2原発の所員がその場から逃げ去らなかったのは、所長の増田氏を信じたからです。彼らは増田氏が福島第2原発を隅々まで知り尽くしていることを知っていました。彼なら事態を打開してくれるに違いないと信じたから、所内にとどまったのです。
佐藤 増田氏は、地震発生直後からホワイトボードに「現在わかっていること」をどんどん書いて所員全員に周知していきました。この行動はどのような効果がありましたか。
人間関係より仕事に集中させたホワイトボード

エドモンドソン教授の最新刊「The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth」
エドモンドソンホワイトボードは、目の前の状況に対する「健全な恐れ」を軽減し、人間関係よりも仕事に焦点を集中させる役目を果たしたと思います。多くの人々が同時に、迅速に行動しなくてはならない緊急時において、「バウンダリー・オブジェクト(異なるコミュニティーやシステムの境界をつなぐもの)」を設けるのは、とても重要なことです。
佐藤 先ほど「人間は将来、起こりうる重大な事態よりも、目の前の人間関係を優先してしまう習性がある」とおっしゃいましたが、増田氏は極限状態においても、メンバーが不健全な恐れを抱くことなく、それぞれの役目を果たせる環境をつくったということですね。
エドモンドソン 繰り返しになりますが、人間は非合理的な決断をする存在です。顧客に対するサービスを向上させることよりも上司からの評価を優先してしまいますし、患者や乗客の生死に関わるような状況でも職場の上下関係を優先してしまうのです。
人間は、「どうやったらうまく印象操作ができるのか」を常に考えています。無意識のうちに「周りの人たちからの印象をコントロールしたい」と思ってしまうのです。そのため、「自分はどう思われているか」という懸念が人間から消え去ることはありません。
リーダーの役割は、人間には、目の前の人間関係よりも、もっと重要なことがあることを示すことです。「印象操作なんてチームのビジョンを達成するのに何の役にも立たないよ」と伝えることです。さらにはチームメンバーが「自分がどう思われているのか」を気にしないで、自由に発言できるような環境をつくることです。
「チーム増田」のメンバーは「こんな報告をしたら上司や同僚にどう思われるか」などと心配することもなく、増田氏に問題を報告し、事態を打開するためのアイデアも提言し、迅速に行動していきました。これはまさに増田氏がすべてのメンバーに正しい優先順位を示したからだと思います。
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ハーバードビジネススクール教授。専門はリーダーシップと経営管理。同校および世界各国にて、リーダーシップ、チームワーク、イノベーションなどを教えている。Thinkers50が選出する「世界で最も影響力のあるビジネス思想家50人」の一人。多数の受賞歴があり、2006年にはカミングス賞(米国経営学会)、04年にはアクセンチュア賞を受賞。著書に『チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』(英治出版)、「The Fearless Organization : Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth」(Wiley, 2019、2020年日本語版刊行予定)
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