田中角栄というリーダー 列島改造論に官僚は結集した
元秘書官・小長啓一氏に聞く(上)
――かなり軋轢(あつれき)があったのでしょうか。
「いえ。その逆です。驚いたことにみんな賛成なのです。私が『田中さんが日本列島改造論を書く』という話を各省庁の幹部に伝えると『そうか。角さんがやるのか。それなら我々は全面協力だ』というのです。『田中大臣が』というのではない。『角さんが』というのです。『角さん』という人間がみんな好きでした。だから『出版の時期を教えてくれ。そのタイミングで公表できる最新のデータをそろえるから』というのでした」
オール霞が関の知恵を凝集
「これには勇気100倍です。もうできる前から『これはいい本になるな』という予感がしました。実際にできてみると大ベストセラーです。おこがましいですが、今でも読み応えがあります。それは田中さんというリーダーの『構想力』の素晴らしさと、それを具体的な形にするためにオール霞が関を動かし、知恵を凝集させた『人間力』のすごみだと思います」
――実際、作業が始まってみるといかがでしたか。
「田中さんは話が面白い方でした。聞いていて誰もあきないのです。名調子で名演説、とにかく上手です。うっかりすると田中さんの話を記録しなければならない記者たちも聞くのに気をとられノートにメモをするのを忘れることすらありました。例えばこんな調子です。『明治の先人たちは偉かったよ。国が貧乏だったのに全国津々浦々に学校をつくり、人口の少ない北海道にすら、鉄道を敷いた。それを考えれば経済大国になった今、日本がインフラを整備するのは当たり前じゃないか』。聞き手をぐいぐい引き込み、納得させていかれるのでした」

日本列島改造論では「田中さんがひいた鉛筆の線一本一本に考えが込められていました」という
政治家を志した動機そのもの
「田中さんは政治家として『日本中の家庭に団らんの笑い声があふれ、年寄りが穏やかに余生を送り、青年の目に希望の光が輝く社会』を真剣に考えおられました。均衡のとれた国土開発こそ田中さんが政治家を志した動機そのものなのです。『日本列島改造論』はこの角栄の目標を形にするための具体的な戦略を指し示していました。交通網の整備と工業再配置がその骨格です。高速道路、鉄道、空港、港湾を整備し、農村に工場を配置し、都市機能を分散させる。そのうえで日本全国に中核都市を形成していくことを打ち出したのでした」
「交通網の根幹は新幹線でした。しかし、新幹線をむやみに引けばいいと考えておられたわけではありません。どこに路線を引くのか、田中さん自身が『日本列島改造論』できちんと示しておられるのですが『この辺の海は浅いんだよなあ』『この山脈は固いがトンネルは掘りやすい』といった調子で、地形や地質にも相当の知識がある田中さんがひいた鉛筆の線一本一本に考えが込められていました。そして、この本が仕上がる頃、田中さんは自民党総裁選に立候補、首相を目指すことになるのでした」
(聞き手は前野雅弥)
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