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分析脳が会社を滅ぼす

――ポラロイドの事例では「分析」対「学習」というキーワードが出てきます。

荒木 ポラロイドは1937年、アメリカの天才的発明家であり、科学者であったエドウィン・ハーバート・ランドが設立した会社です。それまで写真の現像と言えば、自前の暗室で行うか、現像所に頼んで数週間待つしかなかった中、わずか50秒で現像できるインスタントカメラを47年に発売し、市場を席巻します。

しかし、業界の巨人コダックの参入、日本メーカーの高品質なコンパクトカメラの攻勢などに遭い、シェアを大きく落としていきます。95年にはカシオ計算機がデジタルカメラ「QV-10」を発売、本格的なデジタルシフトの道が開け、市場環境が激変します。

――ポラロイドの倒産はデジタル分野の出遅れだろうと思っていましたが、本書によれば、デジタル製品の開発には取り組んでいたのですね。

荒木 80年代半ばには1.2メガピクセルの画像を生成できるデジタルセンサーと画像圧縮ができるアルゴリズムを持っていました。しかし、デジタル化に向けた企画は最終段階でことごとく否決されることになります。

経営学者クリステンセンが指摘した「イノベーションのジレンマ」の典型例と言えます。当時のポラロイドにとってデジタル市場は「まだ存在しない市場」でした。市場規模はどれくらいか、成長率はどれくらい見込めるのかといった「市場の魅力度」を測る手がかりがない。他方、これまで自らが育ててきたインスタントカメラ市場は市場規模も成長率も過去のデータを基に算出し、安心材料とすることができる。そんな中で、イノベーティブな新市場の可能性には気づいていたけれど、踏み込むべきタイミングでジレンマに陥り、意思決定を間違えてしまったわけです。

クリステンセンのセオリーに従うなら、ポラロイドは「分析」にこだわるのではなく、失敗を前提とした「学習」に意識を向けるべきでした。新たな技術をまず世に問い、市場の可能性を学習していく、という姿勢です。

「学習」とはとりあえず飛び込んでみて、試行錯誤の中から次につながる芽を探し、育てていくことですから、時間も手間もかかり、そこから目に見える成果が得られるかどうかの保証もありません。でも、このステップなしに次の飛躍は望めません。

しかし、例えばKPI(重要業績評価指標)の締め付けが強い現場では、社員は「分析脳」を必死に働かせることになりがちです。「今期の売り上げは○○億円を死守せよ」「目標を達成したらボーナスが△%上がる」といった話になった瞬間、既存商品の動向を分析し、目標を達成する方法を分析し始める。もちろん、KPIの設定は大事だけれども、そこには中長期的な視点が不可欠です。

ビジネスをどのような時間軸でとらえるか。1年限りで数字を上げたらもう終わりという話だったら、例えば、高校野球で真夏の炎天下、エースピッチャーに毎日200球投げさせて勝ちに行く、というやり方で目先の成果は上がるかもしれない。でも、その先を考えたら、それじゃダメですよね。

企業が永続的に存在し続けるために、現場が犠牲になってはいけませんし、本来の目的を見失ってもいけません。そしてゼロベースで次の芽を探すための時間が必要です。

『世界「倒産」図鑑』では25社の倒産事例を私なりの分類で紹介しましたが、これが「答え」ではありません。読者の皆さんそれぞれがお持ちの課題や問題意識をベースに、自由に読み解いていただきたいと思っています。

(聞き手:日経BP コンシューマーメディア局 坂巻正伸)

 荒木博行
 学びデザイン社長、フライヤー 取締役最高執行責任者(COO)。1975年生まれ。98年、慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、住友商事に入社し、人材育成に関わる。2003年、グロービスに入社。法人向けコンサルティング業務を経て、グロービス経営大学院でオンラインMBAの立ち上げや特設キャンパスのマネジメントに携わる。15年、グロービス経営大学院副研究科長に就任。18年、グロービスを退社後、学びデザインを設立し、代表取締役に就任。書籍要約サービスのフライヤー取締役COOも務める。著書に『ストーリーで学ぶ戦略思考入門』(ダイヤモンド社)、『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

世界「倒産」図鑑 波乱万丈25社でわかる失敗の理由

著者 : 荒木 博行
出版 : 日経BP
価格 : 1,980円 (税込み)

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