カルピスはなぜ「初恋の味」なのか 100年変えぬ製法
アサヒ飲料 常務執行役員マーケティング本部長 大越洋二氏(上)
日本に帰国した三島氏は1916年、乳酸菌で発酵させたクリームを「醍醐味」と名付けて発売。これはヒットしたものの、原料となる牛乳の調達が困難を極めるなど大量生産できずに失敗に終わる。次に発売したのが醍醐味を製造する過程で残った脱脂粉乳を乳酸菌で発酵させた「醍醐素」だ。これが現在の「カルピス」へとつながっていくのだが、そこに至る過程ではもう一つ、別の失敗も重ねている。
「カルピス」を発売する前に、三島氏は乳酸菌入りの「ラクトーキャラメル」を発売。だが当時の流通事情も影響し、暑さでキャラメルが溶けてしまうなどしたため、失敗してしまう。
キャラメルがダメになった時、三島氏には2つのアイデアがあったという。一つは乳酸菌飲料で、もう一つは調味料だ。「二兎を追う者は一兎をも得ず」と、結局、三島氏は乳酸菌飲料を選択する。
「カルピス」の誕生には偶然も作用した。乳酸菌の研究を続けていたある日、脱脂乳に砂糖を入れて、一昼夜置いて飲んでみると、とてもうまい。3日目になるとさらにうまくなっていた。しかし、脱脂乳に砂糖を加えただけでは商品価値がないと三島氏は判断。日本人に不足していたカルシウムを加えるなどしてカルピスを完成させた。
カルピスの「カル」はカルシウムから、「ピス」はサンスクリット語からとった。仏教では乳・酪・生酥・熟酥・醍醐味を五味といい、醍醐味をサルピルマンダ、熟酥をサルピルという。五味の最高は醍醐味だから、本来は「カルピル」と名付けるべきところを、それではいかにも歯切れが悪いため、「カルピス」とした。命名にあたり、三島氏は作曲家の山田耕筰氏に意見を求め、「三島さん、カルピスは音声学的に見て発展しますよ」とお墨付きをもらっている。
約170ミリリットル入りのラムネが8銭の時代に、濃縮飲料のカルピス(大瓶400ミリリットル)は1円60銭もする高価な飲み物だった。これを一躍有名にしたのは、「初恋の味」というキャッチフレーズ。三島氏はこのキャッチフレーズが生まれた経緯を次のように語っている。

今、主役のキャッチフレーズは「カラダにピース」だ
提案者は三島氏の文学寮時代の後輩だ。「初恋」という言葉さえはばかられる時代、三島氏はこの提案を最初は「とんでもない」と断った。ところが、後輩が再び三島氏を訪ねた時、三島氏が「カルピスは子供も飲む。もし子供に初恋の味って何だと聞かれたらどうする」と質問したところ、後輩に「カルピスの味だと答えればいい。初恋とは、清純で美しいものだ」などと言われて納得。1922年、新聞広告に採用することを決めた。
「三島は自分の中に軸を持っていた。最終的なゴールがイメージできていたからこそ、自分の意見であろうが、人の意見であろうが、いいものであれば最終的に採用するという判断ができたのではないでしょうか」と大越氏は語る。