理論武装なら逆効果 「ロジカル思考」で人の心動かす
『シート1枚で論理的に伝える技術』 渡辺まどか氏
大量に集めたデータに基づく、解析型の「データドリブン」経営がもてはやされている。ビッグデータが消費動向や潜在ニーズを浮かび上がらせる効果は新たな商品開発に生かされ始めている。データを前提に据えると、提案に説得力が増す。「こういう傾向があるので、それに沿った商品を開発しました」という説明は耳になじむ。しかし、渡辺氏は「データに根拠を求めた提案は企画発案者の存在感が薄くなり、やや人間味を欠く。企画の哲学が悪いのではなくデータの読み解き方や商品化のアプローチが悪かったという逃げ道が用意されていて、無責任な取り組みになりがち。逆に、データがそろわないと、企画が通りにくくなってしまう状況を生み出すおそれもある」と懸念する。「発案者の思いからスタートしないと消費者に響きにくいうえ、チームを巻き込む力が生まれにくい。データはあくまでも思いを補強する道具という役割分担を意識したい」(渡辺氏)。
では、なぜロジカルシンキングを学ぶ価値があるのか。渡辺氏は「ビジネスシーンで通りのよい『型』を知ることによって、余計なストレスや反対を避けやすくなる」と、メリットの一つを説明する。情熱を帯びた提案は、しばしば語り口が饒舌(じょうぜつ)になりがちだ。演説調の長文は趣旨を読み取りにくく、誤解を招きやすい。大量の決裁をこなす経営エグゼクティブは簡潔な表現を好む。入り組んだ説明は、経営判断のポイントがわかりにくいせいで、ゴーサインを得られないことも多い。「お約束的な『型』にならうことによって、話の通りがずっとスムーズになる。経営判断を有利に引き出すスキルとして使えば済む」と、渡辺氏は戦略的な使い方を勧める。「要点は3つあります」のような定型的なまとめ方に慣れている経営幹部には、彼らの耳で聞き取りやすいフォーマットに整えて示すほうが話の通りがよくなるだろう。
再現性の高いスキル
聞く側の気持ちに目配りするのも、ロジカルシンキングのポイントだ。思いのこもった提案は時に独りよがりの筋立てに陥る。熱い思いだけでは、聞き手の共感を引き出せない。同意や納得には、根拠や妥当性などの補強材料が欠かせない。自分の思いが単なる思い込みではないかどうかの「検算」も求められる。こうしたプロセスは提案そのものの軸を太くし、最初に聞いた人が別の人に伝える際の拡散力も生む。チームで成果を出していく時代にふさわしいツールともいえるだろう。「何度でも繰り返し使える再現性の高いスキルだから、身につけておけば勤め先が変わっても一生、身を助けてくれる」と、渡辺氏は若いうちの習得を呼びかける。
渡辺氏が最も重視するのは、提案の「外見」をロジカルシンキングに任せれば肝心の中身をじっくり考える時間とマインドを確保しやすくなる点だ。「忙しさに負けて普段は向き合う余裕のない勤め先の創業意図や社是、ミッションなどに立ち返ってほしい。そうすれば今のwill(思い、やりたいこと)がきちんと重なり合っているかどうかを確かめる余裕が生まれる。勤め先の役割と、自分のwillが重なり合う関係を確認できれば、やらされ感を背負わずに済む」(渡辺氏)。マーケティングが幅をきかせ「バズる商品」がもてはやされる今だからこそ、他社の動向や目先の話題づくりに躍らされない「個々のwill」が競争力の源泉として重視されている。「ロジカルシンキングは提案書の単なるお化粧ではなく、自分の思いを眠らせてしまわないための助け舟にもなってくれる」。渡辺氏はロジカルシンキングへの期待をこう語った。
ロジカルシンキング・コミュニケーションスキル研修講師。日本コーチ連盟コーチングファシリテーター、コンサルタント。東京大学文学部思想文化学科卒。SEを経てコンサルティングファームに入社。企業の経営戦略、事業戦略の立案、業務改善などに従事。退職後はコンサルタント・研修講師として独立。ロジカルシンキングやコミュニケーションの研修を手がける。個人向けのロジカルシンキング講座も開いている。