医師兼起業家の草分け 医療事故隠蔽事件が転機に
メドピア社長 石見陽氏(上)
「医師同士」の強みを生かして、じかにアプローチ
人材紹介業は順調に利益が出るようになり、義理の弟と、異業種交流会で知り合った経営コンサルタントもメンバーに加わった。次はいよいよ医師同士が自由に情報交換できるコミュニティーサイト「Next Doctors(現在のMedPeerの前身)」の立ち上げだ。ちょうどSNS(交流サイト)のmixi(ミクシィ)が盛り上がり、運営会社の東証マザーズへの上場が話題になっていた時期。「mixiの医者版を作る」と意気込んだ。
「当時、全国で2000人の医師が加盟するメーリングリストに参加していました。そこで『集合知』の可能性は感じていたのですが、メーリングリストを自分でつくっても、本人が死んだら終わり。それだと、もったいない。長い目で社会の構造を変えようとするなら、『仕組み化』が必要だろうと考えたんです。そして、仕組みが継続するには、ボランティアではなく、きちんと利益を出してビジネスとして回る手法を考えなきゃだめだという結論に至りました」
日々の診療を通して、「別の医師だったらどう考えるのか知りたい」と思う場面はかなり頻繁にある。「きっとよその医師も同じように感じているはず。ニーズは大きい」と確信した。ところが、サービスを始めたものの、会員はさっぱり集まらない。医師の世界はどちらかというと保守的で、彼らはそう簡単に新しいモノには飛びついてくれない――。そう気づいた石見氏は、学会の会場に出向き、特設ブースを作って医師たちへじかにアピールする作戦に出た。
「先生は診療や薬のことでわからないことがあったら、どうしていますか?」
「グーグルで調べたりもしてますね」
「僕の専門は循環器内科で、先生は皮膚科ですけど、科目が違う先生にも気軽に質問できたらいいと思いませんか。しかも利用料はタダで」
「それはいいですね!」
医師という同じ目線で語りかける効果は絶大だった。話しかけた医師の9割以上はその場で名前とメールアドレスを登録してくれた。1年で会員は7000人にまで増加。石見氏は「そのうち5000人は僕が直接に口説いた人たちです。それだけの医師と話した人はそういないはずです」と笑う。
エンジェル投資家の島田亨氏と出会ったのもその時期だ。当時、楽天の取締役だった島田氏を訪ね、思いを熱く語った。
根深い医療不信の原因は、医師と患者・家族の間に横たわる、圧倒的な情報格差にある。その情報格差を解消するために、まずは現場の医師が情報共有できる仕組みをつくりたい。医療現場で働く医師一人ひとりの声を丹念に拾い、将来的にはその声を、バイアス抜きで世間に届ける仕組みを構築したいーー。

医師専用のコミュニティーサイト「MedPeer(メドピア)」には国内の医師の3人に1人が参加するという
収益化のメドも立っていなかったが、島田氏はわずか30分の面談で出資を即決してくれた。島田氏が投資するかしないかを決める判断条件は3つある。第1にコンピューターにたとえれば、経営者のCPU(演算処理性能)が人並み以上であること。第2に変化への対応力があること。そして、第3は人としてゆがんでいないことだ。石見氏はその3条件すべてに適合していたという。
ビジネスの経験はゼロで、経営者としての能力は未知数。それでも投資してもらえたのは、石見氏の医師としての現場感覚と、「赤ひげ先生」だった祖父譲りのパッションを、「価値あり」と判断されたからだろう。しかし、収支を黒字化して、事業として成り立たせるまでには、まだ超えるべき壁があった。
(ライター 石臥薫子)