人をどう動かすか 答えは歴史ものの本に眠っている
第8回 キャリアと読書:本紹介(2) 歴史・プロ本で気迫を醸成する
『棟梁』:未踏の建築に挑む宮大工の育て方
神社仏閣というと、どんなイメージがあるでしょうか。奈良なら法隆寺、薬師寺、唐招提寺に東大寺の大伽藍(がらん)。京都なら西本願寺に東本願寺、東寺の五重塔に三十三間堂、下鴨神社、上賀茂神社。他にも伊勢神宮や出雲大社、明治神宮などなど。
歴史ある寺社建築は日本中にあり、いずれも伝統の美にあふれています。
それらを造り上げてきたのが、宮大工と呼ばれる人たちです。彼らはその技を、どう伝承し、どういう人材育成をしてきたのでしょうか。『棟梁』を読むと、そんな人材育成のヒミツが見えてきます。
答えを先に、言いましょう。それは、「親方に授けられるべからず」。

つまり、先輩や上司に教わろうなどと思うな、自ら学び自ら考え創意工夫せよ、ということなのです。
なぜ1400年も続くような世界で、各自努力せよ、などというある意味とても非効率なヒトの育て方をするのでしょう。「教えたら30分ですむんやが、考えさせたら一日かかる」と鵤工舎(いかるがこうしゃ)を創設した小川三夫棟梁も言います。
それでも、そうでなくてはいけないのです。だからそうしているのです。
寺社建築のことを、伝統、と言いましたが、それは決して「同じことを繰り返す」ことではありません。大きければ大きいほど、それらは唯一無二のものであり、同じものはこの世にひとつとしてありません。しかも、用いられる資材(主に木材)は、大変貴重なもので、失敗すれば取り返しがつきません。カタチを決め、建て方を決め、資材を調達し加工して、組み上げる。その全てが毎回違う、完全テーラーメイドの独創性あふれる世界なのです。
だからこそ、未知のものに対して自分で考え、自分で決める、強く自由な心が必要です。そしてそれは、先人から「教わる」ことでは決して生まれ得ないのです。
親方のやることは、任せるタイミングを見極めることと、大きく任せたら責任だけ取ってガマンすること、だけなのです。これが究極の建築に挑む「宮大工」を創り上げる、究極の人材育成法と言えるでしょう。
西岡常一棟梁「親方に授けられるべからず」
小川棟梁の師匠であり、「最後の宮大工」と称された西岡常一棟梁が晩年、請われて鵤工舎の若手たちに贈った言葉を、紹介しましょう。
親方に授けられるべからず。
一意専心 親方を乗りこす工夫を切磋琢磨すべし。
これ匠道文化の心髄なり。
心して悟るべし。
私はこの言葉が好きで、経営コンサルタント時代、ときどき組織のみんなに紹介していました。あるとき、若手の自主勉強会に呼ばれました。何か話せというので、いろいろ話した後、これを2回、ただ読み上げました。
私たちも唯一無二のものをつくっている。宮大工たちと同じだよ、という気持ちを込めて。
終了後、その勉強会に参加していた若手コンサルタントが、私の所に来て言いました。「わかりました。もう一晩、考えてきます……」。彼はそのとき、私のプロジェクトにいたのですが、どうも自分の担当部分について相談するつもりだった様子。
うん、そうして。骨は、拾うからね。私はただ、彼に笑顔を返しました。
さて、この連載もいよいよ終盤。私の極めて個人的体験から来る、キャリア構築の戦略的アプローチを2つ、紹介したいと思います。「パラレルキャリア」と「バリュー・ニッチ戦略」です。

1964年大阪生まれ、福井育ち。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアで19年半経営戦略コンサルタントとして活躍。92年INSEADでMBA修了。2006年から教育分野に活動の舞台を移し、年間1万人以上に授業・講演。無類の本好きとして知られる。著書に『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』『新しい経営学』など。『お手伝い至上主義!』『戦略子育て』など戦略視点での家庭教育書も。早稲田大学ビジネススクール・女子栄養大学で客員教授、放課後NPOアフタースクール・認定NPO 3keysで理事を務める。永平寺ふるさと大使、3人娘の父。