「地方×副業」で起業 老舗酒蔵で教わった仕事哲学
JOINS社長 猪尾愛隆氏(上)
地方企業に不足しているのは、資金以上に「人」
小川原さんから学んだ仕事についての新たな視点で世の中をみると、これまでと違った世界が広がっていた。小川原さんと同じようなやり方で、日々、仕事に向き合っている人たちが全国にたくさんいた。農業、伝統工芸、さらに地域社会に根差して生きる人たちにも目が向くようになった。
「例えば、小さな街の不動産屋であっても、エリア開発をするのに、次の世代を意識し、自然をどう残すのか、子供たちが住み続けたくなるような街にするにはどうするかを考えていたりします。彼らの発想は、多くの都会の会社が次の四半期決算を気にしているのとは時間軸が違うんです」

負担を小さく抑えやすい副業スタイルはメリットが大きいと猪尾氏はみる
東京生まれの東京育ちという猪尾氏の中で、揺るぎない根っこを持ち、長期的な視点で仕事をしている、地方の経営者や、地域で働く人への共感が生まれた。そこに2011年、東日本大震災が起きる。迷うことなく、全国の個人が1口1万円から被災地の事業者の再建・雇用回復を応援できる「セキュリテ被災地応援ファンド」を立ち上げた。ミュージックセキュリティーズとクラウドファンディングの知名度は震災を機に一気に上がった。
一方、地方企業の経営者と話す機会が増えるにつれ、強く感じるようになったのが、人材の不足だ。長い歴史を持ち、商品やサービスの内容もいい。それなのにファンドの募集に至らないというケースが少なくなかった。理由を探っていくと、経営者が熱い想いで事業計画を立てても、それを実行していけるだけの経験やスキルを持った人材が社内に不足していた。地方企業が資金以上に必要としているのは、「人」だ。そう確信した。
当初は、資金があれば人も雇えると思った。しかし、地方の人手不足は思った以上に深刻だった。経営者の右腕になれるような人材も、インターネット通販サイトの構築やウェブマーケティングができる人材も、条件を良くしたところでそう簡単には見つからない。政府や自治体は都市から地方への移住促進に取り組んでいたが、大都市で安定した収入を得て、子育てをしている人にとって、移住はハードルが高すぎる。
猪尾氏は副業こそが切り札になると考えた。発想はクラウドファンディングと同じだ。小口であれば投資しやすいのと同じく、テレワークで週に数時間であれば、働く人もチャレンジしやすい。企業側もフルタイムで社員として雇うより、コストも安く済むし、ピンポイントで本当に必要な仕事だけを頼むことができる。
「地方×副業」で起業しよう。気持ちは固まった。しかし、人材業界の経験はゼロ。軌道に乗るまでにはいくつもの壁を乗り越える必要があった。
(ライター 石臥薫子)