ウイルスって何 第一人者が優しく語る生命科学の常識
『LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』より
可能性がある、というのは、培養細胞で効いたからといって、人の体に効くとは限らないからです。培養した細胞と体内にいるときの細胞では性質が違う場合も多いし、体の中で薬が病気の細胞に届くかどうかという問題もあります。そこで、こうした細胞での実験の後は、マウスやハエなどの実験動物を使います。みなさんが実験といえば思い浮かべるのもこれかもしれません。
ここで効果が確認できれば、ようやく最終的に人で試します。この過程すべてをクリアしないと、薬はできませんし、「培養細胞では効いたのに……」「マウスには効いたのに……」ということはとてもよくあります。たとえば、新型コロナウイルスなどの新しい薬の開発も、このような過程を経ています。新型コロナウイルスのワクチンがとんでもない速さでつくられていると書きましたが、こういう手間のかかることを大急ぎでやっているわけです。
ウイルスとはそもそも何だろう
ほかにも、ウイルスというものは、そもそも何かも押さえておきたい知識です。
ウイルスは単純な構造をしています。基本的には、ゲノムとそれを包んでいる殻のみでできています。詳しくは本に書いていますが、私たち人間は、それぞれの細胞の中にある遺伝子という設計図を元にして、体の中にあるアミノ酸をつなげてタンパク質をつくっています。
しかし、ウイルスはゲノムと殻しかないシンプルな構造です。つまり、ゲノムのコピーまではできるのですが、その先のタンパク質をつくれません。だから、ウイルスを生き物とみなさない研究者も多いです。生命の基本である自分の力で増殖する「自立」ができないからです。
では、ウイルスはどうやって生きているのでしょうか?
なんと、他の生き物の細胞に侵入して、相手の細胞の中で、その細胞の中のシステムを利用して自分のタンパク質をつくっています。
ウイルスは、空気中や水の中では、しばらくの間ならば構造を保てますが、それでは増えることができません。そのうち不活性化してしまいます。不活性化とは、生物でいえば死んでしまうということです(生き物ではないので、公式には死ぬとはいわないわけですね)。ウイルスにしてみれば、何とかほかの生命体の細胞の中に入らないといけないと必死なわけです。
人間に感染するウイルスは、人間の細胞の中に侵入して自分のゲノム(遺伝子は3~300個くらいと非常に少ない)のコピーをたくさんつくります。それから、その遺伝子から宿主のシステムを使って殻のタンパク質などをつくります。そうやって、他の生き物の細胞の中でバラバラに部品をつくります。それらが最終的に集合して、たくさんの新しいウイルスになるわけです。