海城が取り組むSTEAM教育 美術で育むタフネス
海城中学高等学校(下)教育ジャーナリスト・おおたとしまさ

美術室の外面は生徒の作品を飾るギャラリー(筆者撮影)
――公立の学校と比べたとき、海城で美術を教える手応えに違いはあるか。
海城の中に歴史とか伝統みたいなものがしっかりあってそれを大事にしている印象が強い半面、何をやってはいけないというような前例主義はなくて、各教科担当者に大幅な裁量が与えられています。
――海城の美術はこれまで大事にしてきたものは何だと思うか。
講師としてここで教えていたときに、たった一度だけ前任の岡田先生から注意をされたことがあったのをいまでもはっきり覚えています。普段は「俺の美術論」みたいなことを語らない先生だったのですが、そのときだけはスパッと否定されました。
ユニークな発想さえあれば比較的短時間でできて、しかも技能によらずに表現できるような課題を出そうと考えていました。実は教育実習でやってみてうまくいった経験があって、自分としては面白い課題だという自信がありました。でも先生からは「生徒がじっくり時間をかけて取り組める題材にしたほうがいい」と言われてしまうんです。
私も若かったのでちょっとカチンときて日記に書いたくらいでしたが、「時間をかけて作品とそこに含まれる自分自身と向き合う」ことこそが、まさに海城の美術教育が大事にしてきたことだったのではないかと気づきました。
「正解」とそこへの最短ルートを知りたがる生徒も少なくありません。でも残念ながら美術に正解はありません。何をどう描くか、どう表現したいかを決めるのは作者自身であるし、それが美術の醍醐味でもあります。時代や表現手法が変わっても変わらずに大切にすべきものはたしかにあるのだと思います。
新美術教育×新理科館で海城版STEAM教育
天野さんが海城に赴任して早々、コロナ禍中でのスタートとなった。オンラインでの授業に挑戦した。また、やがて始まる新カリキュラムに備えて美術で扱う題材を見直していく必要もある。さまざまな事情が重なり、いまが海城の美術教育の変換期になっていることは間違いないと天野さんは言う。くしくも21年9月には海城に新しい理科館が完成する。これらが融合すれば、まさに海城版STEAM教育(科学・技術・工学・数学に芸術的要素を加えた総合教育)である。
今回、私は、その"核融合"が起こる直前の状態を目撃したのかもしれない。
ちなみに海城は、経済産業省が進める「未来の教室」の「STEAMライブラリー」構築事業に、普通科高校として唯一参画している。日本における「STEAM教育」推進のために、教材を提供する事業者として名乗りをあげたのだ。経済産業省の資料では、「STEAM教育」が以下のように説明されている。
しかし海城版STEAM教育はもっと奥が深いものになりそうだ。人生においては、何をどう描くか、どう表現したいかを決めるのは自分自身である。その過程で、正解のある問いについては速く的確に正解にたどり着けると有利であると同時に、正解のない問いについてはその問い自体と向き合い続けるタフネスが必要であることを、「新しい紳士」たちは学ぶのであろう。