画面から耳へ 「声の配信」で挑むスマホの次の時代
Voicy代表 緒方憲太郎氏(下)
アナウンサー学校で「修行」
失敗が恐ろしいという感覚はない。本気でやり切った結果として得られる経験は、自分にとっても、他人にとっても貴重な価値を持つと考えているからだ。
そもそも、これまでにない市場や文化を切り開こうとするスタートアップの場合、成功と失敗の境目もあいまいだ。多くの起業家の「道なき道」に伴走する経験から、前進のよりどころとなるのは「信念」しかないと知っていた。
だが、「信念」とは何か。正解の用意されていない世界で「自分の理想を実現した先にこそ、よりよい社会が待っている」と信じることは、いかにして可能になるのか。緒方氏は「自分こそが、他の誰よりもその分野について考え抜いているという自負を持てるまで、思考と実験を繰り返すしかない」と話す。
思考と実験。ボイシーが実現したい世界のヒントをつかむうえでも、緒方氏はまずそれを実践した。サービス開発のまっただ中、思い立ってアナウンサー学校へ入学。3カ月間、発声や話し方の「修行」をしたのだ。
「アナウンサーの卵たちでいっぱいの教室に、35歳のひげ面のおじさんが一人。でも、発声も朗読も、誰よりまじめに勉強しましたよ。技能が上達して、個人で番組ナレーションの仕事を受けたり、ボイシーのパーソナリティに話し方のポイントを教えたりすることもできるようになったほどです」
厳しい訓練にどっぷりつかって得心した。魅力的な音声コンテンツに必要なのは「正しくてきれいな話し方」ではないということだ。

ボイシーのトップページにはたくさんのチャンネルが紹介されている
「たとえていうなら、由緒正しいクラシック音楽の演奏法を一生懸命に学んだ結果、素人が自由に楽しそうに演奏する音楽もあったほうが豊かな文化が育つに決まっていると腹落ちした感じです。プロとして正しくきれいに話すことは、すべての『しゃべること』のほんの一部でしかない」
「だから、ボイシーは話し手一人ひとりの『その人らしさ』が生きる『声のブログ』を目指そうと思いました。もしアナウンサー学校に飛び込む経験をしなかったら、聞き手が求めるのは正しさや美しさだと勘違いして、ひたすら『声のプロ』を募集するようなことをやっていたかもしれません」