新人の必読書 三井物産がDX時代に求める人材とは?

デジタル総合戦略部のプロジェクトマネージャー、前田拓也さんも文系出身。入社後に休職してカナダのトロント大学でAIを勉強した。
中島さんと共に取材に応じてくれたデジタル総合戦略部のプロジェクトマネージャー、前田拓也さんは「文系AI人材」の好例だ。大学では経済学を専攻し、2014年に入社後はインドネシアや中国の都市開発などに携わってきたが、独学で学んできたAIを本格的に勉強するため19年から1年休職し、カナダのトロント大学に留学した。前田さんは「『文系AI人材になる』が出た19年時点ではAIがホットでしたが、その後量子コンピューターへの注目が一気に高まるなど、デジタルの領域がどんどん広がっています。この分野は変化が早いので、『そのうちに学ぼう』では追いつきません」と話す。
CDIOの米谷氏が社内ですすめする本も、ここ1年余りで『アフターデジタル――オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文、尾原和啓著)、『シン・ニホン――AI×データ時代における日本の再生と人材育成』(安宅和人著)、『未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則』(馬田隆明著)と、内容がより広く深くなっているという。
「本を出発点に、あとは必要なスキルをどんどん学びに行く、キャッチアップしていく姿勢が必要になるでしょうね。学んでは現場で実践し、また学ぶというサイクルを繰り返すことでDXビジネス人材としての力がついていくと思います」(前田さん)
若手社員が経営層に助言する「リバースメンタリング」

「最近は、AIツールを自分で作ってみたという若手社員が現れるなど、社内の雰囲気も変わってきた」と話す中島さん
同社内で「DXビジネス人材」と認定されるためには、「2つ以上のDXプロジェクトを主体的にけん引することができた」などいくつかの要件を満たす必要がある。そのため、今年5月からは「Mitsui DX Academy」というDXに関わる総合的な人材育成プログラムを導入。eラーニングや実践ベースのブートキャンプなども始まっている。全社員の底上げを目的とするeラーニングの受講は、社長から新入社員まで全員必須。その理由について中島さんと前田さんはこう話す。
「若手社員の中には、産業の知識に関しては先輩にかなわないけれども、デジタルの知識は豊富で、いろいろなアイデアを持っている人も少なくありません。でも、そういう若手が良い提案をしても、上司がその意味を理解できなければ、プロジェクトはうまく回りません。中間管理職や経営層の知識レベルを引き上げることも課題なのです。10年前までは『ITは業務の効率化を支えるもの』という位置付けでしたが、いまやIT、DXは事業戦略そのものとつながっている。だからこそ年齢を問わず、全員が学び続けなくてはなりません」
昨年からは、経営層が若手社員から学ぶ「リバースメンタリング」も始まっている。通常、メンター(相談役)になるのは上司や先輩だが、リバースメンタリングはその逆で、若手が上司に助言する。経営層は若手から最新のデジタル知識を学ぶことで、事業の新たな可能性に気づいたり、素早い経営判断ができるようになったりするメリットがあり、若手も経営層から幅広い知識や視座の高さを学ぶことができる。
旧財閥系の総合商社の社風について、「組織の三菱(商事)」「結束の住友(商事)」に対し、三井物産は個の力や個性を重視する姿勢から「人の三井」と称されてきた。同社の新たな人づくりは、「文系」「理系」や「先輩」「後輩」といった枠を取り払い、学び合いながら、個の成長を加速することにあるようだ。
(ライター 石臥薫子)