変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

風邪やインフルエンザとの違い

梶原「ちまたでは『風邪の一種』と軽く見る声も聞かれます」

Aさん「これだけははっきり述べておきたいのですが、体験した個人の実感としていえば、コロナ肺炎は決して『ただの風邪』なんかではありません。インフルエンザにかかった経験がありますが、これとも別物。一番の違いだと思うのは、症状が進めば、本当に呼吸困難に陥る点です。肺に空気を十分に取り込めないと、パニック状態に陥ります。この恐怖感は海で溺れた感じに似ていて、死が頭をよぎります。これも風邪では感じたことのない感覚です」

「入院中は鼻から酸素吸入を受けていました。生まれて初めての経験です。入院する前はどんなに一生懸命、息を吸い込んでも、呼吸が楽にならないというもどかしさを感じていましたが、酸素吸入のチューブを入れたとたん、呼吸が楽になりました。過去に何度も風邪を引いたことはありますが、風邪でこんな呼吸困難に陥ったことはありません。絶対に軽く見るべきではなく、かからないほうがよい病だと思います」

梶原「酸素吸入はどれぐらいの間、続いたのですか」

Aさん「入院直後から、退院の2日ほど前まで続きました。入院中は24時間、各種データをモニターするためのセンサーを指先に着けています。キャップとクリップで指先をはさみ込むような装置です。データは常時、ナースセンターでチェックしています。コロナ肺炎の場合、血中酸素飽和度を重視しているようです。血液中の酸素濃度を示す数字で、96~99%が正常値といわれるそうです」

「肺炎を起こして呼吸機能が低下すると、パーセンテージが下がります。病室にも数値が表示されるので、息苦しさと数字の相関関係が肌身で分かる仕掛け。私の場合、95%に達していれば、スムーズに呼吸できましたが、90%台前半に落ちると、肺に酸素が届いていないような不安感を覚えました。このレベルに落ちると、看護師がチューブのフィット感を確認。必要に応じて、酸素の割合を高める指示を出します。濃度が上がると、酸素を取り入れやすくなり、不安も和らぎます。治療が進むにれて、段階的に濃度を下げていき、最後の2日間は吸入チューブをはずす許可が出ました」

梶原「食事はどうでしたか。近ごろは病院食のレベルも上がっていると聞きます」

Aさん「朝昼夕の3食が出ました。実は初めての入院だったのですが、量も味も期待以上でした。娯楽が少ないので、食事は最大の楽しみ。朝食は食パン2枚にジャムと簡単なおかず、牛乳、フルーツといった具合。昼食はめん類も出ます。夕食はご飯が主食で、おかずもボリュームアップ。もっとも、量が全体に控えめな上、午後7時には夕食を食べ終えるので、夜中に空腹を覚えました。飲み物はペットボトル入りの水やお茶を院内コンビニで買ってきてもらえます。ただ、甘い飲み物はリストにありません」

梶原「入院中の生活に関しては、どんな指導を受けましたか」

Aさん「治療・回復が最優先なので、基本的には安静が求められます。呼吸機能の改善に役立つ姿勢も重視されていました。たとえば、『できるだけうつ伏せの状態で過ごしてください』というのは、意外な指示でした。仰向けで寝るよりも、うつ伏せのほうが肺が広がりやすく、呼吸を助けるのだそうです。これは全く知らないことでした」

「日ごろは仰向けで寝ていたので、最初のうちは慣れなくて、寝付くのに苦労しました。でも、確かにうつ伏せのほうが呼吸が楽だったので、努めてうつ伏せを選ぶように。この指導は結構、徹底していて、仰向けで寝ていると、ナースセンターからの呼び出し通話で『うつ伏せになってください』と求められることもしばしば。酸素飽和度の数値が下がっていたのでしょう」

「リハビリ運動の手引きが配られ、『体調をみて、可能であれば、体を動かしてください』という指示も受けました。約2週間も病室に閉じこもっていると、筋力が衰えてしまいます。後半は努めて体を動かすように心掛けていましたが、それでも退院時は足がガクガクして、タクシー乗り場へ向かうのも一苦労でした」

梶原「自らの感染・治療経験を踏まえて、伝えたいことはありますか」

Aさん「とにかく感染しないことが一番です。『仮に発症しても、病院で治療してもらえる』と思い込まないほうが賢明だと思います。周りの病室からは、夜中まで咳き込む苦しげな声が聞こえていました。酸素をうまく取り込めず、ナースコールで助けを呼ぶ人もいて、この病を決して軽く見てはならないと実感しました」

「機器やスタッフなどの面で、大学病院での入院は望み得る最高レベルの環境だと思われます。しかし、医療体制が逼迫(ひっぱく)してくれば、そのような環境は望みにくくなります。私が繰り上げ退院になったのも、病室の事情からでした。逼迫を避けるためには、感染者・入院者が1人でも少なくなることが重要です。呼吸困難をはじめ、発熱や倦怠感などで、とてもしんどい経験をした立場から、同じ苦しみを味わってほしくないという思いもあります」

「肌身で接した医療スタッフの誠実で献身的な仕事ぶりには感謝とリスペクトを禁じ得ません。同時に、無用の感染で、負荷を与えてしまったことを後悔しました。ただ、あらためて振り返っても、全く感染経路が思い当たらないので、感染対策に気を配っている人にも不測の事態は起こり得ると思われます。ワクチン接種が広がって、安心感も出ているようですが、新たな変異株が現れていることもあり、まだ油断は禁物だと思います」

無事に治療を終えて、既にPCR検査でも陰性に転じているAさんだが、後遺症が心配だとも聞いた。入院生活を聞くと、確かに「ただの風邪」とは違うように思える。ワクチン接種が始まったが、まだ当分はニューノーマル流の暮らし方を続けるのがよさそうだ。コロナ対策が広まったおかげで、インフルエンザの発症数も減ったと聞く。せっかく始めた体力づくりや手洗い習慣をやめてしまうのは、何だかもったいなくもある。いろいろな病を遠ざけるのに役立つ生活様式を、簡単に手放してしまわず、今回の災いの「遺産」として賢く生かしていくのは、「歴史に学ぶ」態度といえるかもしれない。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedoNIKKEI SEEKS日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック