2030年、変化の鍵握るのは中国 米ノーベル経済学者
ポール・クルーグマン・ニューヨーク市立大学大学院センター教授(下)
佐藤 国際通貨基金(IMF)は7月1日、2021年の米国の国内総生産(GDP)成長率を上方修正し、7%と予測しています。この早い回復は、ワクチン接種に加え、財政政策と金融政策が有効に機能した結果でしょうか。
クルーグマン 米国ではバイデン大統領が大規模な財政出動を行っていますが、パウエル連邦準備理事会(FRB)議長は、当面、利上げを行わず、行方を見守る方針をとっています。財政出動の結果、どれだけインフレ率があがってもとりあえずは介入しない方針をとっているのです。
米国よりも少子高齢化が進む日本は、インフレ率をあげるのがさらに難しいはずです。ですから、日本には金融緩和に加えて、より大胆な財政出動が必要です。現在米国のほうが攻めの財政出動をおこなっていますが、本来であれば、日本のほうが米国よりももっと積極的な財政出動をおこなうべきなのです。
国と地域によって復元スピードに差

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。
佐藤今後の世界経済の展望をお聞かせください。
クルーグマン すべては新型コロナウイルス、デルタ株、その他の変異株の感染拡大をおさえこめるかどうかにかかっています。世界の多くの国々ではいまだ自由な経済活動を行うことができません。そのため国と地域によって復元のスピードにかなり差が出てくることが予測されます。
ワクチン接種の効果で感染をコントロールすることができれば、米国は22年末までには完全に復元するでしょう。ヨーロッパの復元はもう少しあとになります。中国経済は順調に回復しているように見えますが、実際のところ中国国外からは本当の内情を知ることはできません。中国は何か問題を抱えている恐れもあります。
多くの発展途上国では感染拡大が続き、壊滅的な状況が続くと見られます。現在の発展途上国の状況から判断すれば、世界経済全体が本当の意味で完全に復元するにはかなりの時間がかかる可能性があります。
つまり世界経済の見通しは、奇妙な様相になると推測しています。世界総生産の成長率を見れば、復元しているように見えるでしょう。中国がこのまま感染を抑制し続ければ、中国経済はさらに成長し、欧米も成長し、世界全体GDPの成長率は上がっていくでしょうが、人々の生活環境を国別に見てみれば、ある国では通常通りに戻り、ある国では復元しているとは全くいえない状況となるのです。
気になるのは中国の内情
佐藤 2030年の世界はどのようなものになっていると予測しますか。
クルーグマン 歴史的に私たち経済学者は未来予測が苦手ですが、いくつか私が注目している点をお伝えしたいと思います。
まず1つめが働き方です。2030年、人々の働き方は2021年の現在とそれほど変わらないでしょう。リモートワークとオフィスワークを組み合わせたハイブリッドワークが増えていくことが予想されますが、これらの変化の影響をうけるのは一部の高所得者のみです。現場の仕事をしている人たちの働き方は10年後も変わらないままでしょう。
2つめが経済と高学歴人口の大都市圏への集中です。パンデミックでこの流れは一旦、中断されていますが、今後、おそらく再び、加速していくと思います。
3つめがエネルギー転換です。これは予測ではなく願望になりますが、2030年までには世界のエネルギーが再生可能エネルギー主体へと転換していることを願っています。もし転換していなければ、世界は本当に絶望的な状況になります。過去数年におきた大規模な自然災害が、気候変動問題への取り組みを加速させ、再生可能エネルギーへの転換を加速させることを期待します。