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振り返って見れば、パンデミック前の2020年代のはじまりは、2010年の世界とそれほど違っていませんでした。この10年は、2010年の世界の延長上にあり、変化の度合いも周縁的でした。

そこにパンデミックが起きました。しかし新型コロナウイルスの感染拡大が、冷戦のように世界の基本構造を根本から変えてしまうような変化はもたらすようには思えません。

2030年もまた、2020年の世界の延長上にあり、私たちの日常生活はいまとそれほど変わらないでしょう。世界に大きな変化をもたらす可能性があるのは、地政学リスクとエネルギー問題です。そうした意味で中国の内情がどうなっているかを世界が見極める必要が出てくると思います。

日本への懸念は女性活用と内向き志向

佐藤 パンデミック後、日本はどのように世界経済に貢献できるでしょうか。

クルーグマン 欧米人はいまだに日本に対して偏見的な見方をしていますが、日本は優れたテクノロジーを創出するとてつもなく創造的な国であり、私たちの想像以上に日本文化には多くの強みがあります。日本は世界に貢献できる能力のある国です。

日本には高い技術をもち、洗練された文化をもつ国民が1億人以上もいます。日本の国民は私たち欧米人とは全く違った特性をもっている。これはとてもよいことです。欧米人は文化的な共通点が多いため、発想が似てきますが、日本人は私たちとは違ったところから発想できるのです。欧米の考え方に同調する必要などありません。

日本についての懸念は2つあります。1つはいまだ女性の能力が十分に活用されていないことです。あまり知られていませんが、日本の女性の就業率は上昇し続けており、米国を超えています。ところがその多くが低賃金の仕事であり、能力を生かしきれていません。ここに巨大な潜在能力が眠っています。

もう1つは日本の人々がどんどん内向き志向になってきていることです。これは計量的に証明したわけではありませんが、15年前ぐらい前に比べると、私の仕事相手や関係者の中に、外国語を流ちょうに話せる日本人が減ってきている印象を受けます。ほとんどの米国人は英語しか話せませんが、それと同じようなことが日本で起きている。これはあまりよいことではありません。

しかし日本には大きな潜在能力があります。多くの産業分野で日本の技術は世界最高水準を誇っています。もちろん、日本経済が世界経済を制することはもはや難しいかもしれませんが、これからも世界の経済大国であり続けることは間違いありません。

興味深い日本の健保制度

佐藤 クルーグマン教授は現在、ニューヨーク市立大学大学院センターで「福祉国家の経済」という講座を教えていますが、社会保障制度の観点から日本が世界に貢献できることはありますか。

クルーグマン 私にとって福祉国家とは北欧の国々を意味します。たとえばデンマークのように高税率によってユニバーサルヘルスケア制度、手厚い生活支援金制度などの高福祉を実現している国が福祉国家です。

福祉の観点から見れば、日本の社会保障制度は興味深いです。日本は先進国の中でもGDPに占める社会保障給付費の割合が小さい国ですが、優れた国民皆保険制度を維持しています。日本の健康保険制度は質の面からもコストの面からも世界最高レベルです。なぜこのような制度が維持できているのか。その仕組みを世界は日本から学ぶべきです。

日本は長期停滞が続いていますから、日本の経済政策については世界から極めて厳しい目が向けられてきました。しかしバブル崩壊後の約30年間の日本経済を振り返ってみれば、日本は極端な生活水準の低下、極端に高い失業率などを経験していません。

国民生活への影響という観点から08年の世界金融危機後の米国の経済政策とバブル崩壊後の日本の経済政策を比較してみれば、日本のほうがダメージを小さく抑えられています。日本は本当の意味での「社会的一体性」(社会的弱者を取り残さないこと)を守り続けている社会です。そこから世界は多くを学べるはずです。

ポール・クルーグマン Paul Krugman
 ニューヨーク市立大学大学院センター教授。プリンストン大学名誉教授。1953年ニューヨーク州生まれ。74年エール大学卒業。77年マサチューセッツ工科大学にて博士号取得。プリンストン大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学、エール大学で教壇に立つ。ニューヨーク連邦準備銀行、世界銀行、国際通貨基金、国際連合などの経済コンサルタントを歴任。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストとして絶大な人気を誇る。91年、ジョン・ベイツ・クラーク賞受賞。2008年、ノーベル経済学賞受賞。近著に『ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い』(早川書房)。

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