制服闘争で東大受験に失敗 レオス藤野氏の旭丘高時代
藤野英人・レオス・キャピタルワークス会長兼社長(上)
特異な読書体験は、その後、人生を切り開いていく上で武器となった。

「成績は常にトップだし、周囲からも一目置かれ、言うことなしの生活だったが、制服闘争事件に巻き込まれ状況が一変した」と振り返る
父からの謎の指令をきっかけに始まった名作読破でしたが、おかげで圧倒的な国語力がつきました。語彙が豊富になり、複雑な論理展開もへっちゃら。恋愛から不倫、性をめぐる葛藤、殺人、戦争、信頼、裏切りなど人間界の複雑怪奇なドラマを読み込んでいますから、中学生になる頃には相当ひねくれていた、というか、大人びた子どもになっていました。
でも、あの頃読書で培った力が、僕の人生を切り開いていく上での武器となったのですから、両親には感謝しています。大学卒業後、野村投資顧問(現野村アセットマネジメント)に入ったとき、同期には証券アナリスト試験に合格している人やノーベル経済学賞を受賞した教授のもとで勉強した人などエリートがそろっていたのに対し、僕は法学部出身で金融知識はゼロ。圧倒的に不利でしたが、読書で鍛えた人間観察力や事象の裏を読む力、それを言葉で表現する力があったおかげで、数字以外の切り口を提示できた。それが僕の最大の強みとなりました。
僕はたくさん本を書いているので「ファンドマネジャーなのに、珍しい」とか「よくそんなに書けますね」と言われたりするのですが、自分では、作家がファンドマネジャーをしている、というのが実感に近いですね。本職は書いたりコミュニケーションしたりすることで、投資はその表現手段の一つなのです。
父親の転勤で中学から名古屋へ。成績は抜群で難なく地元の名門、愛知県立旭丘高校に進む。
旭丘高校は尾張藩の藩校を起源に持つ伝統校で、自由闊達な校風。僕にはすごく合っていました。授業がつまらないからと抜け出して近所の喫茶店に行っても特にとがめられないし、店にいけばもう友だちも来ている。ちょっと大学のような感じでしたね。内申点重視の入試なので、中学で勉強もスポーツもできてオール5、しかも生徒会長というタイプが集まっていました。高校に入った途端、周りにもすごいヤツがいることに気づいて自信をなくしてしまう人もいましたが、概して、勉強でもスポーツでもボランティアでも、みんな自分なりに課題や目標を定めて頑張っていました。