人生ゲーム、創業者発の「半年天国・半年地獄」脱出術
タカラトミー「人生ゲーム」(下)
再ヒットのきっかけを探り当てた「平成版」
ただ、娯楽・エンタメ業界で電子ゲームは勢いを増すばかりだった。任天堂からは83年に家庭用テレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)が登場。85年にファミコン用ゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ」が発売され、89年には携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」が市場に投入された。
タカラトミー(当時はタカラ)は80年代後半から、当時のアダルトゲーム・ブームを受けて、大人世代をターゲットにした「人生ゲーム」を企画していた。池澤さんは「子供のころにバリエーションが豊富な各種のおもちゃで遊んだ人たちが、大人になっていました」と、大人が玩具や娯楽にお金を投じる時代を見据えていた当時の状況を解説する。
子供時代にテレビで見た「仮面ライダー」や「ウルトラマン」のフィギュア(人形)が登場。さらに80年代になると、「機動戦士ガンダム」「超時空要塞マクロス」などのロボットアニメがブームとなって、20代の若者までが熱狂し、おもちゃ・娯楽の消費市場を活性化させた。
そうして迎えた89年、年号が昭和から平成に変わった。当初はグルメブームの「五つ星」にちなんで「ファイブスター人生ゲーム」とネーミングする予定だった新製品もネーミングを変更。「人生ゲーム平成版」として発売した。
時はバブル経済まっさかり。マス目の表現も「晴海でコンパニオンギャルをナンパ」「週末はカウチポテト」など、当時の時代感が色濃く漂う。89年の4月1日に消費税が導入され、酒税法が抜本改正されたことを受け、「消費税導入前、大好きな二級酒を買い溜め」といった文言も並んだ。
昭和から平成という元号の変わり目を巧みに捉えた「平成版」は、年に10万個も出荷できれば大ヒットといわれた当時のおもちゃ業界で、年間40万セットを売る大ヒットとなった。

タカラトミーのエデュテイメント事業室マーケティング課の池澤圭さん
以後、タカラ(2006年からは玩具大手のトミーと合併してタカラトミー)はある種の年鑑誌のように、毎年の出来事や流行を盛り込んだ人生ゲームを発売してきた。93年発売の平成版5作目「人生ゲーム平成版V 寿」では、当時、有名人の結婚が相次いだことにヒントを得て商品を開発した。
ネーミングに「寿」とあるのも、それが理由だ。93年には皇太子さまと雅子さま(今の天皇・皇后両陛下)の御成婚もあった。誰と結婚するかがゲームの勝敗を大きく左右する内容にした。「離婚」「慰謝料」など、関連した新ルールも導入したという。
95年発売の平成版7作目「人生ゲーム平成版VII」は、バブル経済崩壊後の苦境を反映した。新卒学生にとっては「就職氷河期」といわれた時代だけに、「資格カード」「コネカード」など、より強力なカードを得ることが就職・昇進に効力を発揮するしくみを取り入れた。