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「説明する意思」は進んで示す

大坂選手の発したメッセージには、物議を醸したケースもある。たとえば、全仏オープンの開幕を前に自身のツイッターで明らかにした「記者会見不参加」の意思表示がそうだ。

「アスリートの心の健康状態が無視されていると感じていた。自分を疑うような人の前には出たくない」

賛否両論が巻き起こった。それぞれの主張にそれなりの根拠がありそうだが、最終的には4大大会の主催者が「テニス界全体と協力して意義のある改善を目指す」と、選手の支援に前向きな声明を発表した。精神的なプレッシャーの大きさを告白した彼女に、主催者側が理解を示した格好だ。

当初は失格扱いもにおわせるほど強硬な姿勢で臨んでいた全仏オープン主催者が態度を変えたのは、大坂選手が棄権し、「気分が落ち込むことがあって対処するのに本当に苦労した」と自らのメンタルを取り巻く事情を明らかにしてからだ。プロアスリートとしては「弱み」ともいえる点を明かして、理由を説明した結果、流れが変わったと見えた。自らの発言に関して、痛みを伴う説明責任を負う姿勢は、多くのプロアスリートから共感や応援のメッセージを引き出した。

一連の発言を「ディール(駆け引き)」と捉えるのは、いささかうがった見方のように思える。誰もが最初から自分の「弱み」を全面的に公開する義務を負っているわけではない。しかし、事情を伏せていることに伴う誤解が生じていると感じたら、適切に情報を公開するという大坂選手の振る舞いは、相応に世間の理解を得られたように感じる。

大事な点は「説明する意思」の有無だろう。大坂選手は説明する義務を感じた場合には、すみやかに意見表明する態度を身につけていると見える。自分に対する批判が不穏当と受け止めた場合にも、しっかり反論するケースが多く、「誤解を放置しない」という意識がうかがえる。

補足説明や反論は時に面倒くさく思えるものだが、相互理解に向けては欠かせないプロセスだ。最初から分かり合える対話はあり得ない。この手間を惜しむ人は、深い理解を得にくいだろう。摩擦を覚悟しつつ、対話から逃げない大坂選手の姿勢は見習うべき点を含むと思う。

言葉を介しない「非言語」のメッセージでも、大坂選手は注目を集めた。米国で「ブラック・ライブズ・マター運動」が勢いづいた2020年夏、大坂選手は全米オープンに黒いマスクを着けて現れた。マスクに白抜きで書かれた文字は過去に命を落とした人たちの名前。こういう印象的な形で、これほどの大舞台で意思表示したトップアスリートを、私は知らない。

決勝戦まで7枚のマスクを使って、7人の名前を伝え、大坂選手は2度目の全米オープン優勝を果たした。口の上にかぶさるマスクは、まるで口から出た言葉を、漫画の吹き出しのように「見える化」する役目を果たし、彼女の「声なき声」は広く響き渡った。

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