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造形への不満から生まれたリアル感

特撮ヒーローや仏像を得意とする木下隆志氏が制作したウルトラマンや仮面ライダー、阿修羅像は海洋堂らしさを感じさせる。ボーメ氏が製作した美少女キャラクターシリーズ、アクションフィギュアの革命児、山口勝久氏が制作したスパイダーマンやエヴァンゲリオンなど、マニア垂ぜんの作品ばかりだ。模型店からフィギュアメーカーへと転業し、進化し続けた海洋堂が誇る造形師たちの魂が込められた作品を堪能することができるメーカーとしての海洋堂の歴史は、フィギュアの原型を生み出す彼らの手によって作られたといっても過言ではない。

精密な模型は海洋堂に集っていた模型マニアたちの不満から生まれた。自著「造形集団 海洋堂の発想」(光文社新書)のなかで、宮脇専務はこう振り返っている。「模型店を続けていたぼくがずっと不満だったのは、テレビ番組のキャラクターや動物、恐竜などのプラモデルが納得のいくレベルになかったこと。テレビで見るウルトラマンと、店で売られているウルトラマンでは、造形に格差がありすぎた」。模型マニアたちの多くが同じ思いだったのだろう。有名なキャラクターしか商品にならないことも大きな不満だったという。

「欲しいものがないなら自分たちで作ればいい」(宮脇専務)。自分の好きなキャラクターの精巧な立体物が欲しいという思いが、その後の造形活動の大きな原動力となっていった。

同じ時期、立体作品を複製する技術がフィギュアの歴史に大きな転機をもたらす。入れ歯の材質となる歯科用レジンというプラスチック樹脂とゴム型を使うことによって、より緻密でリアルな作品を作れるようになったのだ。

海洋堂は80年、社内に造形室を設け、ガレージキットの製造をスタート。ゴジラなど自分たちが欲しいと思っていた模型から作り始め、既存のおもちゃとは一線を画した造形表現や再現性の高さで市場の評価を獲得していった。さらに、円谷プロダクションや東宝といった著作権管理者と契約を結んだのを機に、怪獣や特撮ヒーロー、アニメキャラクターのガレージキットを制作。それまでの次元を超えた精密で丁寧な商品は一大ブームを巻き起こしていく。

「動物フィギュアは売れない」の常識破る

海洋堂の歴史を語るうえで欠かせないのが、99年にフルタ製菓が発売したフィギュア付き卵型チョコレート「チョコエッグ」だ。「日本の動物コレクション」シリーズは、3年間の累計販売数が1億5000万個を記録。社会現象にもなった「食玩」ブームの火付け役となった。

「チョコエッグ」「チョコQ」の日本の動物シリーズ

「チョコエッグ」「チョコQ」の日本の動物シリーズ

「食玩」とは、おまけの模型がついているお菓子のこと。150円程度という手ごろな価格にもかかわらず、期待以上に精密に作り込まれ、こまやかな表現が施されたチョコエッグの模型に多くの人が驚かされた。とりわけ心をわしづかみにされたのは、子供よりも大人のほうだった。

「解像度の高いリアルなフィギュアを初めて目にした驚きと喜びが、購買意欲とコレクション欲をかきたて、段ボールで大人買いする人が続出した」と、宮脇専務は振り返る。

ところが、発売当初はあまり売れなかった。もうけよりも「思い」を優先して経営してきた海洋堂の中では、マーケティング戦略を立てて計算ずくでヒットを狙うという考え方がなかったからだ。

宮脇専務は「狙って成功させてやろうという気持ちはさらさらなかった。どんな商品も、様々な出来事の歯車が重ならないと大ヒットにはつながらないのでは」と話す。

では、大ヒットの要因は何だったのか。それは、フィギュアの世界では最も売れにくいといわれてきた「動物」というジャンルにあえて挑んだからだろう。しかし、このヒットは「動物なら当たる」というマーケティングから導かれたものではなく、むしろ「苦肉の策」に近かった。

食玩を開発する場合、大手菓子メーカーは高いライセンス料を払って人気のキャラクターを使用することが多い。一方、そうしたキャラクターは権利面でコストがかさみがちだ。そこで、ライセンス料不要の動物モチーフに着目。海洋堂側が得る制作費は成功報酬方式で売り上げに対して3%という、フルタ製菓と海洋堂の双方にとってリスクの低い立て付けで動物フィギュアを世に送り出した。

チョコエッグのヒットでにわかに脚光を浴びたのが、造形師の松村しのぶ氏だ。宮脇専務が「世界一すばらしい動物造形作家」と絶賛する彼がいなければ、チェコエッグのヒットはなかったという。「松村君の造るフィギュアを食玩というプラットフォームに載せれば、おもしろい動物図鑑ができますよと提案した」(宮脇専務)。個人の才能を重んじる海洋堂は彼ら造形師と二人三脚で、フィギュアを文化に育て上げていった。後編では造形師集団としての海洋堂に迫る。

(ライター 橋長初代)

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