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「彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず」(謀攻篇〈第三〉)
謀攻篇(第三)にある、有名な言葉である。しかし、これは、敵の状況と自軍の実態という「彼我についてだけ」の言葉である。じつは、孫子はさらに天と地について考えをめぐらすことの重要性を付け加えた、本節の冒頭に引いた言葉を残している。こちらの言葉の方が、戦略的思考のポイントとしてはより適切である。
孫子の思考の特徴の一つは、確かなことと思いがちなことにも考えがきちんと及んでいることである。ここでは、敵と己のことだけでなく、さらに敵と己がともに置かれている天(気候・天候・時間)と地(地形)という環境条件をも考えることで、勝ちがさらに確実になる、といっている。(中略)
企業の戦略でいえば、競合相手が彼にあたるのだが、天にあたるものとして、顧客を考えるべきだろう。お客様は神様です、とむかし有名な歌手がいったが、お客様は天にも等しいのである。地は、政府や地域環境などが用意する競争の基礎条件のことであろうか。
顧客のことを知らなければ、企業の戦略はそもそも成立しない。それは当たり前のことなのだが、それなのについつい敵(競合相手)のことばかりを考えて、肝心の顧客をおろそかにしてしまう間違いが案外多いのではないか。競合相手とのスペック競争にはまり、顧客が本当に必要としているかどうかも深く考えずにどんどん機能を追加する企業、などがその例である。「彼を知りて己を知れば、百戦して殆うからず」と感心しているだけでは、企業の戦略の場合は不十分なのである。
(第5章 戦略的思考とは 187~188ページ)

戦いの舞台は今や武器で攻撃し合う戦場ではなく、ビジネスにおいては企業間競争に勝ち抜くこと。そこでもリーダーの資質が問われ、うまく現場をまとめ、そのポテンシャルを引き出すことが求められています。そのヒントを与える『孫子』が時代を超えて読み継がれているのでしょう。

◆編集者のひとこと 日本経済新聞出版・堀口裕介

『孫子』はクラウゼヴィッツ『戦争論』と並ぶ戦略の聖典で、経営への応用を語る本は多いのですが、一流の経営学者が正面から解説した本は何故か皆無でした。軍事研究家や漢文学者ではなく経営学者が孫子について書くという長年温めていた企画が実現したのが本書です。

江戸時代の侍は競争という言葉を嫌ったとも言われています。東洋的思考を背景として競争に勝ち抜く戦略の神髄を語った『孫子』は、そんな日本人にとってもなじみやすい体系なのかもしれません。日本を代表する経営学者の集中講義をお楽しみください。

 一日に数百冊が世に出るとされる新刊書籍の中で、本当に「読む価値がある本」は何か。「若手リーダーに贈る教科書」では、書籍づくりの第一線に立つ出版社の編集者が20~30代のリーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介します。

孫子に経営を読む (日経ビジネス人文庫)

著者 : 伊丹 敬之
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 990 円(税込み)

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