職場のうつ病対策 ストレスチェックを生かす
保健師らに権限

「院長のパワーハラスメントがつらかったが、1年は頑張ろうと無理をしてしまった」。大手企業の希望退職に応じ、2年前に中堅クリニックの事務職に転じた50代のA子さんは振り返る。
転職直後から「怠け者」「仕事が遅い」「懲戒解雇だ」という院長の面罵が始まった。通勤電車で吐くなど心身に異常が出たが、職場に相談先はない。変調に気付いた友人の説得で退職。今も心の傷が残る。
一方、三越伊勢丹のメイト(契約)社員になって半年、経験の浅さから不安やストレスを感じていた岩本佳那子さん(23)には、早々と支援の手が伸びた。
同社は2014年9月、メンタルヘルスを保つ手法を教える「セルフマネジメントセミナー」を初めて開き、岩本さんは同期社員と受講した。「良いストレスと悪いストレスがあり、どう付き合えばいいか知った」。仕事に行くのが苦痛になると悪いストレス、緊張感はあるがやる気につながれば良いストレスとわかりやすい。
職場のストレスを経験した2人の心境を分けたのは、勤務先の対策の有無だ。対策には(1)啓発セミナーなど事前予防策(2)うつ病の早期発見による重症化防止策(3)休職後、円滑な復帰を目指す事後対策――の3種類がある。
三越伊勢丹のセミナーは(1)の事前予防策だ。三越伊勢丹ヒューマン・ソリューションズの岩本さおり教育コンサルティング担当長は「メンタルによる休業が増える一方、若いメイト社員の退職も目立った。懸念した本社の指示があり、3時間のセミナーの内容を考えた」と話す。
岩本佳那子さんら参加者は自分が感じているストレスの種類やストレスへの耐性を知った上で、ケーススタディやグループ討論によるセミナーを体験。真剣味が増した。
愛知県小牧市に本社がある住友理工は(2)の早期発見と(3)の事後対応に力を入れて、うつ病による休業を大幅に減らした。正社員約4700人のうち13年度に17.8人だった月平均休業者数が、14年度は23%減の13.7人になった。のべ休業日数も24%減った。
対策の特徴は社内のヘルスケア室にシニア産業カウンセラー資格を持つ保健師や、医学博士を配し、権限と責任を持たせたことだ。

2014年に住友理工が開いたメンタルヘルス研修(愛知県小牧市)
彼らは14年春の定期健診で、全社員に自社開発のストレスチェックシートの記入を求め、結果を細かく分析した。浜田静江保健師は「出勤時に門の前に立って社員の表情を見て、データと重ね合わせることもしている」と手法の一端を話す。問題を感じた社員はカウンセリングに誘導する。この段階では、人事部に個人の情報は流れない。
人事部が前面に出るのは、本人が休職を求めるなど事後対応が重みを増してからだ。対応の基本は14年から始めた6段階の精緻な職場復帰支援プログラムで、本人と主治医、ヘルスケア室、人事部、上司らが綿密に連絡を取って復職を目指す。
仮復帰、本復帰と進む途中の判定会議では本人の病状申告だけでなく、クレペリン検査や生活リズム記録の数値といった客観的なデータを重視する。山田純一人事部長は「休職と復職を繰り返していた人に特に効果が出ている」と話す。
このように、うつ病対策の成否はストレスチェックの結果をどう真剣に活用するかにかかっている。法的には従業員はチェックを拒否できるものの、進んでチェックを受け相談をためらわないことが大切だ。その上で社内態勢が充実すれば、意外と早く効果が表れるだろう。
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定期ストレスチェックを12月から義務化するのは規模50人以上の事業所で、50人未満は努力義務にとどまる。従業員個人に受診義務はなく、本人の同意がなければ結果は事業主に通知しない。厚生労働省は質問に「原因」「症状」「サポート」の3分野を含めるよう指導し、簡易調査票を用意している。
同チェックの法制化に参画した杏林大学の角田透教授は「対策が進んでいない中小を義務化しなかったのは残念」とした上で、「職場に起因するうつ病の多くは原因を除けば回復可能だ。対策は本人にも企業にも得になる。さらに家族や知り合いを含め、うつ病をカバーする態勢がつくれるとよい」と指摘する。
(礒哲司)