「競争は嫌い」出社は週3日、前沢流の粋な働き方
スタートトゥデイ社長の前沢友作氏が語る(上)
持ち帰ったクワガタを家の裏で繁殖させて、同級生に売ったりもしていました。それで「お菓子を買おう」とか思ったわけじゃないんです。売ったお金を電車賃に充てて、また、5駅先の森へ捕りに行く。要するに、「オタク」です。
その頃から、人と競争するのは大嫌いでした。運動会のかけっこも、小学校の3、4年くらいからは真面目に走らなくなっちゃった。順位を付けられるのがバカバカしかったし、周りの大人が結果に一喜一憂しているのを見るのも、嫌でした。
塾にも通っていましたが、今から振り返ると、あれは一種の親孝行だったかもしれない。親が喜ぶから行っていただけのことで、大学に入りたいとか、将来、何になりたいか、なんて考えたこともありませんでした。
中学3年生でバンド活動を始める

スタートトゥデイ社長の前沢友作氏
地元の友だちとバンドを組んだのは、中学3年生の時です。最初はギターを弾いていましたが、ドラムを叩けるメンバーがいなくて、僕がやることになりました。人と同じが嫌いで、洋楽、それもハードロックやハードコアパンクにハマっていました。
好きだったのは、ニューヨークの「ゴリラ・ビスケッツ」というバンド。「スタートトゥデイ」という社名も、じつは、彼らの曲のタイトルから取っています。
勉強は好きでも熱心でもなかったですけれど、親に勧められて、高校は早稲田実業を受験して合格しました。入学式の日、僕はなぜか、ニューバランスの赤いスニーカーを履いて学校に行ったんです。周りはみんな、黒いローファーを履いているのに。
学ランに赤いスニーカーって、ファッション的にはちょっとバランスが悪いんですけれど、思えば、あれが僕にとってのささやかな「抵抗」の始まりでした。
制服があるのに高校は私服で通っていましたし、あえて違うクラスに出席したりもしていました。特別に「ワル」というわけではなかったですけれど、そういう意味では、ちょっと"特殊な子"だったかもしれません。
サラリーマンにはなりたくないと思った
自宅から高校までは、ドア・ツー・ドアで約1時間半かかります。電車の中でヘッドホンステレオで音楽を聴きながら、いつも、こんな風に思っていました。
「こんな暗い顔をしたサラリーマンには、絶対になりたくない」
電車に揺られている大人たちの表情を見ていたら、どうにもこうにも切なくなってしまったんです。