小説も研究も面白さが第一 国立環境研理事長・木本氏
国立環境研究所理事長 木本昌秀氏
リーダーの本棚
きもと・まさひで 57年大阪生まれ。京大理学部卒、米カリフォルニア大ロサンゼルス校博士課程修了。気象研究所主任研究官、東大教授を経て2021年から現職。
子どものころから引っ越しが多く、転校すると図書館で本を借りては読みあさっていた。小中学校の5年間を過ごした函館では『トム・ソーヤーの冒険』『十五少年漂流記』など冒険ものを手始めに片っ端から読んだ。
本屋に入ると、挿絵のない文字ばかりの文庫本が並んでいた。手に取ってみると意外に読めて、うれしくて仕方なかった。「シャーロック・ホームズ」など推理小説にはまった。
小遣いが足りないと思っていたところ、中学校の担任の先生がポケットマネーで教室に文庫を作ってくれ、私のほしい本をそろえてくれた。アガサ・クリスティやエラリー・クイーンなど創元推理文庫の本をどんどん頼んだ。
高校では理系を選び、歴史の授業中は机の下で文庫本を読んでいた。進学校で、周囲に合わせて日本文学の主要作品は一通り読んだが、特に耽美(たんび)派の作品にはあまりついていけなかった。
大学進学の前後だったか、中国文学や漢詩が好きだった父の本棚で吉川英治の『三国志』を見つけた。物語の圧倒的なスケールの大きさと迫力に魅了され、一気に読み終えた。中国はすごい国だと、衝撃を受けた。「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」など聞いたことのあるフレーズが出てくるのも面白かった。
せっかく中国に興味をもったのだから、老子や荘子にも親しむかと思いきや、そうはならなかった。現代語訳の後にうんちくが書かれているのが性に合わなかった。後悔しており、時間ができたらちゃんと読んでみたい。
大学は理学部に進んだが、将来何をしたいというのもなかった。そんなとき、たんすの上かどこかで気象の教科書を見つけた。1ページも読まずに「気象をやろう。人の役にも立てそうだ」と決めた。父は商船学校を出て海上保安庁で船長をしたこともあり、気象学を大切だと考えていたと思う。教科書は置き忘れたのではなく、私へのメッセージだったのではないか。
気象庁に入った後、結婚式のスピーチもしてくれた廣田勇先生(現・京都大名誉教授)の『地球をめぐる風―私の気象物語』を出版と同時に買い、サインも頂いた。先生は古今和歌集がお好きで、紀貫之の一首を引き、そこから波について解説した部分もある、語り口が素晴らしく、気象への愛が感じられ、私にはまねができない。
私はコンピューターを使って気候の変化を予測する計算モデルを研究した。2年ほど前、学会の講演で気象研究のあり方について「予測につながる理解が必要だ」と話したら、廣田先生に「モデルで答えを出しても現象がわかったことにはならない」と叱られた。科学に真摯に向き合われる姿勢は、本を出された時と変わらない。